カタリくんVSドスケベショタコンお兄さん

加湿器

カタリくんVSドスケベショタコンお兄さん

「最初から、整理しよう」


僕は、あえて一度冷静に振舞った。

目の前にいるのは、「物語の配達人」だという少年・カタリィ・ノヴェルくん。

僕は地面に正座をしていて、カタリくんは、僕がいつも執筆に使う机の椅子に腰掛けている。


「カタリくんは世界中の物語を救う使命を帯びた「詠み人」で、人々の心に封じられた物語を、一篇の小説にできるんだね?」


詠目ヨメだね。あってるよ。」


「それで今回、僕の中に眠っている物語を、小説にするために現れたんだ。そしてこれが、僕の中に眠っていた物語、と。」


「そうだね」


僕が指差したそこは、少し厚めな文庫本の形をとって、僕の中に封じられていたという物語が浮かんでいた。

タイトルは、『艶色少年の誘惑~耽美なる花~』。


『艶色少年の誘惑~耽美なる花~』。


「官能小説だ。」


「官能小説だね。それも、少年愛モノの。」


一瞬、僕らの間には柔らかな、それでいて冷たく僕を射抜くような沈黙が流れた。


「そんなことある!?!?」


僕は絶叫する。


「心の中に封じられていた物語が官能小説って、とんだスケベニンゲンじゃないか!?」


「そうなんじゃない?」


そう冷たく言い放つカタリくん。

どことなく紅潮したようにも見える顔色ながら、冷たく僕を射すくめる目線。

もじもじと、何かを意識するように、足、もっと言えば太ももをしきりに気にしているようだった。


「反応冷たくない……?こんな事ってよくあるの……?」


「少なくとも僕は始めてみたかな……。」


意気消沈しながら尋ねる僕に、相変わらずドン引いたままカタリくんは答える。

あまりに冷たい態度に、僕が抗議の目を向けると、カタリくんはだってさぁ、と、『艶色少年の誘惑~耽美なる花~』から一節を抜き出して、目の前に浮かべた。


『少年は、そう言って伏し目がちに私を見つめる。潤んだ青い瞳の目元は、まるで紅を引いたかのように朱が注して、私を誘惑していた。』


『少年の手が、私の胸元をさらりと撫でた。シルクの手袋がさらさらと滑り、私の情欲を煽る。ゆるいショートパンツの裾から艶かしく伸びた太ももは、ほほと同じく紅潮していて、私に彼の興奮を伝えてきた。』


『「ほら、触って……。」少年の手が、私の右手を彼の膝上に導いた。手袋のシルクに勝るとも劣らない、滑るようなさわり心地の太ももは、彼の高揚を伝えるように、熱い。首元に寄せられた、亜麻色の癖ッ毛からは、太陽の匂いがふわりと私の鼻腔をくすぐった。』


「なんか、ちょっと僕に似てない?」


「き、気のせいデスヨー。」


素面で読むのが大分キツい文章の数々に、先程よりも顔を赤らめたカタリくんは、ほんの少し顔を背けながら僕をキッと睨む。


対する僕はというと、彼の鋭い追求に目を泳がせてたじろぐばかり。正直、カタリくんのことはめちゃくちゃタイプだけれど……。


「……書いてる小説も、こういう感じ?」


「ちちち違うよ!? 僕はジュブナイルとか童話メインなんで!!」


慌てて弁明する。とてもじゃないが、濡れ場なんて書く度量は僕にはないのだ。


「ジュブナイル……。少年が主人公の?」


「はい!」


「半ズボンの。」


「はい!!」


「少年の太ももに?」


「興奮します!!!」


しまった!誘導尋問だ!


うっかりと性癖を大暴露してしまった僕に、カタリくんはますます冷たい目線を向ける。


「明日から長ズボンにしようかな……。」


やがて、はぁ、と一つため息をつくと、カタリくんは『艶色少年の誘惑~耽美なる花~』を手にとった。


「それじゃあ、僕はコレを必要としてる人に届けにいくから。どんな人かは知らないけど……。」


「も、もう行っちゃうの!?」


スッと立ち上がったカタリくんにそう聞くと、「物語」を待ってる人がいるからね、と、少しばかり表情の険をやわらげてくれた。


そのまま窓の外へ発とうとするカタリくんの肩を、僕はとっさに掴む。振り向いたカタリくんの髪から、不意に懐かしい匂いが広がって……。


「なに、どうしたの?」

『ねえ、どうしたの?』


……遠い日の記憶が、ふと蘇る。あれは、僕がまだ小学校にあがったばかりの頃。

僕には、カタリくんと同じ亜麻色の髪に、青い瞳の。

大好きな、近所のお兄さんがいた。

彼は、引っ込み思案で友達のいなかった僕が人の輪に入れるように、小学生と一緒に遊んでくれる優しい人で。

彼と一緒に見る、アニメや漫画が、僕は大好きで。


……そして、いつの間にかいなくなっていた、お兄さん。

そんな彼が、僕をおんぶしてくれたとき、いつも首元にしがみついて、嗅いでいた匂い。太陽と、乾いた土の匂い。


そんな匂いが、カタリくんから、ふわり広がって。


「……また、会える、かな?」


そう、おずおずと尋ねる。カタリくんは、まず少しだけ面食らって、次にいたずらっぽく笑うと、窓枠に立ち上がって、笑いながらこう言った。


「……勿論!キミが物語を必要としたときは、必ず僕が届けに来るよ!」


鞄一杯に地図をつめて、僕のピーターパンは、窓枠から飛び立つ。

後には、開け放たれた窓を前に、立ち尽くす僕と。


「約束さ!」という、カタリくんの声の残響が、いつまでも残っていた。

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