第1話『〝最強だった前世の力〟は、どこへいったのか?』

 多分けっこう昔に、アーサー・ペンドラゴンという男がいた。


 名もなき村に生まれ、身のたけに見合わない夢を抱いて入学した王都の最優学院で、大貴族にして次代じだいの【魔導王】間違いなしとささかれる若き天才マーリン・アンブローズに一目惚れひとめぼれ。やけにツンツンしている彼女を振り向かせるのにはだいぶ時間がかかったが、聖剣を引き抜きウェポンを限界まで磨きイケメンスマイルを練習し、ついには婚約をこぎ着け辺境の村に引っ込んで幸せな毎日を送るはずだった。


 しかし、事が起こったのは初夜。


 忽然こつぜんと世界は闇に閉ざされた。


 ちゅうに走った巨大な亀裂から、魔物よりなお禍々まがまがしい憎悪ぞうおたたえた異形の怪物共が溢れ出してきたのだ。そのとんでもない規模と地空海ちくうかいの名をかんする強力な三強の手によって、人類はたちまち絶滅の危機にひんした。


 そこで重い腰――随分ずいぶんと軽かった気もするが――を上げたのが、【愚かなる】アーサー・ペンドラゴンと新【魔導王】マーリン・ペンドラゴンの夫婦だった。


 二人の力は誇張こちょう抜きに世界の頂きにあった。極端に数を減らした人類に願われるまま、異形の怪物が蔓延はびこるブリタニアのけがれを払い、無比むひなる三強を打ち破り、瘴気しょうきに汚染された大地を浄化し寄せ付けない〈聖結界〉を張った。


 そうして、ブリタニアは復興への道を歩み始める――。


 二人は全てを成し遂げ力尽きてしまったが、間違いなく歴史に名を刻んだであろう大英雄だ。


 その偉大なるアーサー・ペンドラゴン。

 僕のことである。


 この危険と隣り合わせの世界に息づく者は、三つの《ウェポン》を持って生まれる。


 僕とマーリンは力を使い果たし息絶える寸前、ヒト族だけが稀に持つ《最後の切り札リーサルウェポン》というウェポンの奥義を使うことによって、はるか未来に転生することになった。ブリタニアを救った圧倒的な内在魔力と自慢の《ウェポン》、血だらけの手を握り合って瞳を閉じる、その瞬間までの記憶を引き継いで。


 ――再び相見あいまみえることを、それだけを強く願って。


 かくして僕は生まれ変わった。

 でも、これはちょっと不味いかもしれない。

 待って待って、ちょっとどころじゃなくとんでもなく不味いかもしれない。


 だってさ、まさかこんなことになるなんてさ、普通思わないじゃん。


 まさか、僕の力が――

 ああああああああああああああああああああああ――――…………

 

 *** ***

 

 長い、長い年月の最中さなか

 暗闇の中で、ふらふらと漂う双星そうせい

 それが自分という存在であり、隣に並ぶのは彼女なのだと、どこか漠然と認識していた。そっと手を伸ばすと、パシッと叩かれそっぽを向かれる。だけどずっと側にいてくれる。ああ、やっぱり彼女だな、と心に安心を覚えたくらいだった。


 ある時をさかいに、双星は離ればなれになった。

 片割れが離れていくことは恐怖であったが、何となくこのままでもいいような気もしていた。きっとまた、会えるはずだと。それからはふらふらと漂うことはなくなった。自分の居場所を見つけたように、ただ一点だけを目指して飛んだ。


 そして、随分と久しぶりに『温もり』というものに触れた。 

 その場所でぬくぬくと育ち、星は惑星へと、惑星は受精卵へと、受精卵は胎児たいじへと変化していった。温もりはどこか懐かしく、心に安らぎをもたらしてくれた。


 触覚が発達して、暖かい羊水ようすいに包まれていることを知った。

 視覚が発達して、仄かな光が差し暗闇から解放された。

 聴覚が発達して、外部の音が聞こえるようになった。


 自分は何者なのか、どこから来たのか。深く思考し自問できるほどまでに精神が成熟していない。けれど、離ればなれになった片割れが自分にとっての大切な人で、早く会いたいという焦燥しょうそうに似た何かはあった。


 だから、無意識のうちに手を伸ばしていた。

 どこか遠くの夜空、彼女がいるであろうその場所に。


『あっ』

『どどどどうした、ユダ!? 魔法医師を呼ぶか!? 産まれるのか!?』

『ううん、落ち着いてあなた。またこの子が蹴ったの。それだけよ』

『なっ、なんだ。そうか。ふぅ……この子の誕生が、待ち遠しいな』

『ふふ、そうですね。元気に生まれてきて下さいね――アーチャ』


 外部から届く音の刺激。

 自分の名は〝アーチャ〟なのらしい。ヴァーユ巫女爵みこしゃく家のアーチャ・ヴァーユ。

 悪くないな、と思う反面、何だか彼女に笑われそうな気がしてこそばゆかった。


 母親の名はユダ・ヴァーユ。父親の名はガラン・ヴァーユ。

 近辺につかえる他者の接し方からして、恐らくは高い身分――貴族なのだろう。


 どこか暖かく優しい時間は、あっという間に過ぎ。


 僕は僕を思い出した。

 僕はかつてアーサーという男だった。片割れは、僕の妻だった彼女はマーリン。彼女がかねてより予期していた〈終末の黙示録アポカリプス〉が起き、異形共のとんでもない猛襲もうしゅうを何とか乗り越え、力尽きる寸前に《最後の切り札リーサルウェポン》を使って未来に転生した。


 その結果誕生したのがアーチャ・ヴァーユなのだと、その全てを思い出したのは生まれる翌日。それまでは夢のようなあやふやだった記憶の片鱗へんりんも、こうして問題なく未来へと持ってくることが出来たようだ。


 よかったよかった。


 そう安心していたのもつか、生まれた直後に僕へと課せられた問題。

 それは赤子らしく〝泣く〟ことだった。いわゆる産声うぶごえと言われるあれである。おぎゃーである。これがないと、大人達は赤子が上手く肺呼吸を行えていないのかと慌てふためくこと待ったなしなのである。


「…………(え、ちょ、ええ、なんか恥ずっ)」


 端的たんてきに言って、羞恥心しゅうちしんに負けた。


「はぁ、はぁ……ぇ? あなた、嘘でしょう……?」

「う、そだろ……おい、おいっ! どうしてこの子は泣かない!? 答えろルーシー! 病気なのか!? 死産なのか!? 何なんだ!」


 だってさ。産まれてすぐさま肺呼吸に切り替わり、ルーシーと呼ばれる魔法医師の女性に抱かれたその瞬間には取り戻していたのだ――若輩者じゃくはいものとは言え、一端いったんの大人として過ごしていた昔の自分を。鮮明に。完璧に。


 ぎゅうぎゅうに締められながら母親のちつを通ってくるだけでも、相当な恥ずかしさだった。生命の誕生に必要不可欠な事柄ことがらとはいい、それを前世の記憶を持ったまま経験するというのは尋常じんじょうじゃない。わかったことは、母親は当然として生まれてくる子供も大変。死ぬほど苦しかった。実際に死ぬ時よりも苦しかった。


 命は大切にしようって、めちゃくちゃ思ったね。


 産まれて間もない身でありながら、穴があったら埋まりたい気分だ。

 いや、今しがた出てきた穴にだけは絶対に戻りたくないけれど。赤面物せきめんものだ。実の子供とはいえいぶかしい念を抱くのは母親に失礼なので早く忘れようお願い忘れてくれ。


「嘘だ、嘘だろ!! そんな、そんなことがあってたまるか!!」

「み、巫女爵様、お気を確かに! でもどうして、事前の検査ではむしろ異常を見つける方が難しいくらいの健康体だったはずです! こうして見ても異常なんて――いや、あれ? ま、待ってください。ま、まままままさか……っ?」

「どうしたのですかルーシー! 私の子に、アーチャに何か異常が!?」


 そんなこんなで泣くことをためらっていると、何やら外部が騒がしいことに気がついた。なんだか罪悪感が湧いてくる。あー、えー、おはようパパ、ママ?


 普通の赤子であれば明暗を認識する程度なのだろうけれど、アーサーの記憶を持ち十分な成熟が為されている僕は別だ。あまり怪しまれないように眼球だけきょろきょろと動かし、ここが窓付きの小屋ような場所だと把握する。


 うーん。もしかしてこれ、随分と文明が進んでる感じ?


 天井から始まり壁や床と部屋全体に見たこともない近未来的な機器がたくさん置かれており、特殊な〈魔道具〉でも使ってるのか妙な結界が張られている。


 おそらく出産のためだけに金をかけて造られた、特別な場所なのだろう。


 ――ん。あれ、今ふわふわした……そう、ひよこ、、、のような生き物が……


「そんな……〈聖痕せいこん〉が、背中に三つ葉の〈聖痕〉が、……見当たりません」

「……ぇ。あ、あなた、それってどういう、え、つまり――」

「ま、まさか! この子は《ウェポン》を持たないで生まれてきたのか!?」

「っ、そんな……!」


 各々がショックを受けたように息を呑む。

 僕も衝撃を受けて、さっき見た珍生物ひよこのことなんか秒で頭からすっぽ抜けた。


「だ、だぅ……?」

(な、何だって……?)


 今、彼らはなんて言った? 

 三つ葉のあざという形で背中に刻まれる〈聖痕〉が、ない? 

 誰しもが必ず三つ持って生まれてくるはずの《ウェポン》が、ないっ!?


 僕は慌てて自分の身体を観察する。


 赤子らしくやわい、色白で瑞々みずみずしくて吸い付くようなしっとり肌……マーリンといい勝負だ、じゃなくて。可愛らしいへそ、ふにふにとした短い四肢、秘部に装着されている我が息子……くッ、こんなに貧弱な装備になりやがって!! と涙を流すのは後でいい。


 ――やっぱり、ない、ない、ないないないないないないぃいっっ!?


 どういえばいいか、本来あるべきものを失った感覚、自分じゃなくなったような果てしない喪失感そうしつかん実体験じったいけんではないが去勢きょせいされたら多分こんな感じ。


 恐らく、失ったのは《ウェポン》だけじゃない。マーリンには遠く及ばないが常人の域をいっしていた内在魔力もそうだし、《最後の切り札リーサルウェポン》だってそう。


「――ぁう、ぁあぁうあ、あぁああ……」

(そ、んな、馬鹿な、なんで、いったいどこに……)

「あら?」


 僕はひどく狼狽ろうばいしたまま、母親の腕に抱かれた。

 無意識のうちに漏れた声が遅ればせながらの産声だと思ったのか、その場にいた面々が一旦いったん状況を忘れて花がほころぶように笑顔を浮かべる。


「お、奥様! これは! これはぁぁああぁあ!!」

「おぉおお、我が息子よ! よかった! よかったぞぉおおぉおお!!」


 どうやら背中に《ウェポン》が記されていない問題は、一度たなに上げたようだ。


 けれど僕はそんなことを気にしている場合じゃない。

 どこかにあるはずだ――と、現実逃避げんじつとうひ気味ぎみにキョロキョロと辺りを見回す。


 首がわっておらず、無理に動かした目の奥がズキリと痛む。酷使こくしした灰白色かいはくしょくの瞳に映るのは、一転して希望に満ちた顔をしている女性と、目と鼻と口から液体を垂れ流しにして感涙かんるいむせぶ男。

 

「うふふ、よかったわ。おカカ様、すっごく心配したのよ?」


 至近距離しきんきょりで声をかけられ、僕が意識を向けた先。

 目を見開く。それはそれは美しい女性だった。


 マーリンとは違った方向の可愛らしさを持つ幼げな顔、透き通るような金髪は立てばそれこそ足元にまで届くのではというほど長くつややか。鼻腔びこうくすぐる甘い香り、優しげな紅宝石ルビーの瞳に映る赤子の僕と、どこか似た雰囲気をかもしている。


 そして、ハッと気づいた。たらりと汗が流れる。

 ゆっくり、ゆっくりと視線を下にずらしていく。


 女神とも表せる絶世ぜっせい美貌びぼうの下、汗が浮かびなまめかしい首筋を通り越し、豊満ほうまんという言葉では足りないくらい立派に実る双果実そうかじつははだけた服の隙間すきまからさらされ、そのピンク色で形のいい魅惑みわくの突起すら通り越して僕の瞳は動く。


 下へ、下へ……そして。


 ――見た。見てしまった。

 ――その子供を産んだ後とは思えない、半端はんぱないくびれのある腹部に。

 ――見たのだ、それ、、を、なくした僕の力、、、、、、、を、そこにハッキリと。


 〝最強だった前世の力〟は、どこへいったのか?

 その、答えは――。




「あ、だぶだ」

(あ、なるほどママのお腹の中だ)




 かつては慣れ親しんだ自分の力だからか、なんとなくわかる。

 その力は七色の輝きとして、僕の瞳に映った。


 ああ、もう……これは。

 認めなければ、ならないだろう。


 マーリンの話では、転生体であるこの身アーチャに宿るはずだった〝アーサー・ペンドラゴンの力〟を、〝最強だった前世の力〟を――――失った。


 かてて加えて、母親ママのお腹の中に残してくるという間抜けな形で。











「だぶぅううううううううううううううううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――っっ!?」

(なぁああああああんでだよぉぉおぉおおおぉおおぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っっ!?)


 くるったように絶叫した。

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