僕は『最強だった前世の力』をママのお腹に置き忘れてきたある意味最強な男~このひよこ何?え?精霊?皆見えないの?とりまパン屑でもやっとけば懐くかな?~

栗乃実

プロローグ『多分世界最強だった前世の話』

 とある世界。とある夜。

 ブリタニアの辺境へんきょうに建つログハウスの窓脇まどわきで、僕は空を見上げていた。


 ――星の雨が、そこにはあった。


 絶えず降り注ぐ星雨せいうは夜空をめ尽くし、このブリタニアの大地に迫っているような強い圧迫感あっぱくかんがあった。綺麗、だと。素直にそう思った。


 そういえば最近、突発的とっぱつてきな流星を目にする事が多かったっけ。

 我ながら淡泊たんぱく感慨かんがいを持てあまして、流星群を映した翡翠ひすいの瞳をまたたかせる。


「こんなにたくさんの流れ星なんて、生涯に一度見るか見ないかだろうなぁ」


 なるほどもしや。頑張れと、星さんが僕を応援してくれているのかもしれない。

 ふっと笑う。そんな益体やくたいもない考えを鼻白はなじろんだ瞬間、それ、、は起きた。


 まん丸に満ちた白銀の月が、真中まなかから罅割ひびわれた。

 はしり広がる罅がついに月全体に達しようかという頃、途端とたんに――ぜた。


「ほぇええ……」


 またまた呆けたような薄い反応で吐息をつく僕。

 砕け散った破片はへんが、きらきらと青白い月光を反射して舞い降りる。


 ……月光? たった今、月さん、砕けなかったっけ?


 違和感を感じた次の瞬間、砕け拡大した亀裂きれつの闇からナニカ、、、が湧いて出た。


 この時ばかりは僕も目を見開く。

 足元から背筋せすじを駆け上って脳髄のうずいに到達するのは、激しい悪寒だった。本能がぶるりと震えた怖気おぞけだった。あれは、ヤバイ。

 

 だがそれはほんの前触まえぶれだったようで、夜空の至る所に似たような罅が同時多発的に入り、瞬く間に砕けてそのナニカ、、、が湧き出る。もやが溶け広がるが如く大量に。


 その時になって、ああと僕は気づく。これが違和感の正体。

 

 ――月が爆ぜたのではない。

 ――空に亀裂きれつが走り、空間が砕けた、、、、、、のだと。

 

 無から始まった剣と魔法の幻想世界げんそうせかい

 人々を襲う魔物とそれを狩る冒険者。何代にも渡りしのぎを削る魔王と勇者。そんなけったいな時代に生きた図太いブリタニアの人々からしてみても、何だソレはと、目眩めまいがする程に荒唐無稽こうとうむけいな話だろう。かくいう僕も全く理解が及ばない。多分彼女、、でもこんなこと……あれ、以外とできそうな気がしてくるから困ったな。


 だが、現にその常軌じょうきいっした超常現象は、見渡す限りの夜空で次から次へと連鎖的れんさてきに発生している。どこまでも遠く感じられていた空はすでに罅だらけで、今では手を伸ばせばれられそうな程近く、同時にひどく痛々しく感じられた。


 亀裂が生んだ闇から生じた異形のナニカ、、、は地上を目指した。まるで星空の大海たいかいから迫る津波だ。あの魔物とはまた違ったおもむきおぞましさを発する異形の大群は人々を襲い、魔物をらい、ブリタニアの蹂躙じゅうりんを始めるのだろう。


 終焉しゅうえん――という言葉が胸の内にぱっと咲いて、呆気なく散った。


「ねえ。マーリン、マーリン。僕の愛しのマーリン?」

「なによ」


 窓際に立つ僕が何気なにげなく声をかけると、背後から容赦ようしゃない舌打ちが聞こえた。

 今となっては聞き慣れた、むしろ耳に心地よい、愛すべき『妻』の舌打ちだ。


「これってもしかしなくてもさ、世界崩壊のお知らせ的な?」

「そうかもしれないわね」


 返ってきた声音にはとげがあり、彼女の不機嫌ふきげんさがうかがえる。

 それもそうか。僕は視線を下げてこんな状況でも元気いっぱいな息子ムスコを見た。


 今夜は初夜しょやだ。婚約こんやくを交わした男と女が結ばれる大事な日。これからいよいよ本番を……とその前に、何をとち狂ったかそうだ僕の立派(自称)なエクスカリバーに聖夜せいやの月光を吸わせればちょっとは早漏そうろう治るんじゃね、みたいな悪あがきとも神頼みとも言える意味不明なことをするため窓際で息子ブツさらしてはや五分。


 何を隠そう、僕は初体験にびびっていた。

 こんな馬鹿な真似をしでかすくらいには冷静さを失っていた。世界が終わりかけてるのに、さっきから反応が薄いのもそのためだ。


 世界最強の名を欲しいままにした男が聞いて呆れる。でも早すぎて嫌われたらどうしようとか考え始めたら止まらなくて、背中に刺さる視線が痛くて痛くて身動きできなくて、どんな逆境ぎゃっきょうにも不屈ふくつの精神で立ち向かってきたはずのこの膝が生まれたての子鹿こじかみたいにがくがくして、そしたらいつの間にか窓の外はこんな有様で。ごめん今更ながら驚いても良いかな、何だこれ? いや何だこれ? ええ?


 まぁ待て。生憎あいにくここは辺境。街でもなければ村ですらない、森の丘上おかうえにひっそりと建つ、幼き頃夢に描いたまんまのログハウス。今頃王都がどのような惨状さんじょう見舞みまわれているか想像にかたくないが、まぁ世俗よぞくとのつながりを断ち切った今の僕には関係のないことだ。


 ということで世界崩壊のお知らせ的なイベントを無視して、甘くかぐわしい匂いのするベットに戻り、彼女を一度抱擁ほうようしてから、ひたいにちゅ、さり気ない動作で初体験に相応ふさわしい王道的体位の位置につく。


 そっと彼女の股を開いた。綺麗だ。神秘だ。やばい、もう出そう。

 落ち着け棒太郎ぼうたろう。餅つけ金次郎きんじろうあらぶるな偉大いだいなる我が息子リトルアーサーよ。力をめろ。我慢だ。まだ時は来ていない。ハッ、フゥンッ! ……よし、こらえた!


「いくよ……?」

「……うん」


 顔を真っ赤にして照れてる。普段はツンツンしてるのに。ああ可愛い。

 いつもならからかってやるところだが、多分今の僕も同じくらい赤い。


 よし、よし、よし。いこう。いくぞ僕、負けるな僕、待ってもういくの僕? いやひよるな僕、逝くしかないだろ僕! おりゃぁあああああああああ――――


 僕の聖剣が彼女のしずくしたたる神秘に触れた、その刹那せつな


 ――ドカァアアアアアアアアアアアアンッッ!!

 

 耳をつんざ大音声だいおんじょう、激しく揺れ動くベット、聖なる力を誤って解放する、、、、、、、我が息子エクスカリバー、ガラガラと半壊はんかいする夢のログハウス、無事なのは僕達のいた寝室だけ。


 心の隅っこで膝を抱える冷静な僕は悟る。異形のナニカ、、、急襲きゅうしゅうを受けたのだ。


 獣や魔物とも違う異質なうめき声を発するそれ、、は、半壊した家の瓦礫がれきえて姿を現した。紫怨しおんの三つ眼、竜と似て非なる異形なあぎとよだれを垂らす鋭利えいりな牙、長い舌、強靱きょうじんな爪、四つんいの四肢ししいかつい装甲そうこうのような外骨格がいこっかくに守られ屈強くっきょうで。


「…………」

「…………」


 僕と彼女はそちらに視線をやることなく、互いを見つめ合っていた。


 腹部に飛散ひさんした熱くたぎる聖水をすくい上げた彼女の目が言っている。

 まだ入れてないよね果てるの早すぎない?

 無言のままティッシュで聖水を拭き拭きする僕は、鷹揚おうよううなずいた。

 ごめんなさい本当にごめんなさい。


「――――キュオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 背後の怪物が無視されたことに怒ったのか、月夜を震わす咆哮ほうこうを上げる。

 彼女の腹部を綺麗にし終えた僕は、不満げな彼女へ向けて精一杯の笑顔を作ると、今度は唇に誤魔化ごまかしのキスをして身体が冷めないよう布団を被せてやり、おもむろに立ち上がって怪物の元へとすたすた歩いた。


 前に手をかざす。蛍火ほたるびのような光が収束しゅうそくし、一振ひとふりの長剣ロングソードを形作る。

 もう使うことはないと、そう思っていた聖剣(ガチなやつ)を上段に構えた。


 僕はかなり、怒っていた。


 この野郎、夢のログハウスを壊しただけに飽き足らず、土足で踏み入り初夜をけがすだと? 揺れて触れて不意を突かれて出ちゃったじゃないか! おかげで行為を完遂かんすいする前から果てちゃったじゃないか! ばんに値する! 死ね、マジで死ね! その後に僕も死ぬ! いや! もういや恥ずかしい死にたいっ!!


「僕の名はアーサー……【愚かなる】アーサー・ペンドラゴンだ……!」


 形式美けいしきびにのっとり、震える声で名乗りを上げる。

 僕は流れ出る滂沱ぼうだの涙をぬぐうこともせず、般若はんにゃもかくやの怒りの形相ぎょうそうを浮かべながら、まばゆ極光きょっこうを放つ聖剣を振り下ろした。それはもう、全力も全力で。


「言っとくけど――――お前のせいなんだからなァアアアアアアアアッッ!!」


 僕は思った。

 全部この空気を読まないボス格みたいな怪物のせいにしようって。

 なんか世界終わりかけてるし、さっきの件はなかったことにしようって。


 さてさてさーて、ちょっくら世界でも救ってきますかね。

 別に恥ずかしさの余り現実逃避げんじつとうひだとかそんなんじゃないんだからね!



 *** ***



 こうしてブリタニア最強(本当)の男、アーサー・ペンドラゴンが立ち上がった。隣に並ぶのは愛する妻にして、現【魔導王】マーリン・ペンドラゴン。


 世界は二人の参戦さんせんを、待ちに待ち望んでいた。


 アーサーはかつて、大陸の覇者ブリタニアの王たる称号【騎士王】候補こうほ筆頭ひっとうと言わしめる程の天才だった。だが、しがらみの多いマーリンを妻にめとるため、全てを捨て辺境に引き籠もった結果かんされたのが【愚かなる】の二つ名。

 正直不満はあったが、隣にマーリンがいてくれるだけでどうでもよくなった。「全てアーサーがやりました」などと宣って未だ【魔導王】の座に居座り続ける彼女はちょっとどうかと思うけれど。


 アーサーは滅び行くブリタニアの救世主となった。

 かかげる聖剣は絶望にさいなまれる人々の希望となった。


 二人は手を取り合い、忽然こつぜんと訪れた終焉へとあらがった。

 大地の名を冠する強い怪物をほふり、空の名を冠するこれまた強い怪物をとし、海の名を冠する本当に強い怪物を沈め、うごめく何十、何百万もの有象無象うぞうむぞうとは決してあなどれない怪物共を倒して倒して倒して倒して倒して――。



「……マーリン。マーリン。僕の愛しの、マーリン……?」

「……その気持ちの悪い呼び方、やめなさい……」

「は、はは……マーリンは、最後まで、マーリンだなぁ……」

「何よ、情けない声出して。……もう、逝くの?」

「……なんかその言い方、そこはかとなく悪意を感じるんだけど」



 ついにブリタニアは守られた。

 誰もが二人を真の英雄だと称賛した。



「気のせいよ。……それよりも」

「わかってる。三度目はない、、、、、、……そうでしょ?」

「…………ええ」



 だが、代償として深い傷を負った二人は、血濡れた戦地にした。

 


「マーリン。僕さ、誓うよ。次は、、次こそは、、、、、君を死なせない」

「…………そう」

「もっと強い男になって、君を守り抜く」

「…………そう」

「もっともっと格好いい男になって、君を惚れ直させる」

「…………そう」

「もっともっともっとマーリンだけの尻を追いかけ回して、君を幸せにする」

「…………それはちょっとキモいわ」


「そうしたらまた、結婚しよう。――愛してるよ、マーリン」


「………………………………私もよ、あーさー」



 最後は二人寄り添って、永劫えいごうの眠りについた。










「「《最後の切り札リーサルウェポン》――発動」」



 アーサーとマーリンが遙か未来に転生した、、、、、、、、、ことは、二人だけの秘密である。


 内緒だよ。

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