第20話 巨像の間

広大な空間だった。

天井を支えている柱に彫り込まれた戦士像は、立ち上がれば二十メートルにはなるだろう。そんなものが何十と立ち並び、岩より削り出された階段が四方八方から伸びている。かと思えば地肌の部分も残っているという塩梅であった。奥は闇に飲み込まれて見通せない。一体どれほどの歳月と労力をかけて掘り抜かれた空間なのだろうか。

そして中央。空中で輝く、紫の水晶の中に見えるのは、脈動するひと掴みほどの肉塊である。あれこそが、娘らの目指す心臓に相違あるまい。

指輪の娘は、場に存在する小さき霊に語りかけた。松明が放つ仄かな光より鬼火ウィル・オ・ウィスプを召喚したのである。出現した小さき灯りは宙を舞い、周囲の光景をよりはっきり照らし出す。もはや彼女ははごく自然に魔法を使いこなしていた。

「行きましょう」

妖精騎士と指輪の娘は頷き合うと、階段に足をかけた。

ややあって、妖精騎士は娘を制止。武装に手をかけ前に出る。

何事かと娘が身構えたとき、石柱に刻まれた戦士像のひとつ。閉じられていたそいつの瞼が、開いた。かと思えば身震いし、天井を支える役目を放棄し、そしてではないか。

「―――!?」

二十メートルの巨体が床を踏みしめる瞬間に大地が震えたのを、二人の生者は確かに知覚した。

戦士像がなんのために動き出したかは明白である。こやつは侵入者から心臓を守る守護者ガーディアンなのだ!

「心臓を!」

妖精騎士の言葉に、娘は弾かれたように走り出す。

それを確認した妖精騎士は、怪物に向けて声の限りに叫んだ。可能な限り引き付けねばならぬ。

「こっちだ!!」

果たして、戦士像は注意を引かれたようだった。小さな城塞にも匹敵する巨体を騎士へと向ける。

「―――いいぞ。来い」

妖精騎士の額を、一筋の汗が流れていった。


  ◇


指輪の娘は走る。心臓目掛けて、階段を一心不乱に。あれさえ破壊すれば敵将の命は絶たれる。一族と民の仇を討ち果たし、この戦に勝てるのだ。

あと二十歩。十五歩。十歩。はやる心を抑え込む。妖精騎士なら大丈夫。彼女は強い。自分は役割を果たさねば。

そのままであれば、彼女の使命は果たされていたであろう。娘の最大の誤算は、敵が単独ではなかったことにある。

横から伸ばされたのは巨大な、拳。先の戦士像のそれに勝るとも劣らないそれは階段にそして破壊したのである。一歩間違えば指輪の娘も潰されていただろう。

娘は、進路が絶たれたことを悟った。もはやこの階段は用をなさぬ。後退し、別の階段を迂回する他ない。相手がそれを見逃してくれるならだが。

敵は戦士の巨像。最初のもの同様、天井を支えていた柱の彫刻である。いや、待て。同じような戦士の像は何十とあったのではなかったか。その全てが動き出すなどということは、まさか。

指輪の娘の予感は当たっていた。視界に入る限りの全ての石柱に彫り込まれた戦士の像は、身震いし、まなこを開き、そしてからである。もはや奴らを避けて妖魔の長の心臓を破壊することなど不可能だ。

どう戦う?どうすれば勝てる?

疑問の答えが出る暇もなく、眼前の巨敵はこちらを見た。

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