第19話 地下水脈
「―――やられたか」
妖魔の長は呟いた。
そこは天幕の内である。座する長の前に置かれたのは幾つもの小石や獣の牙、骨といったもの。只人にはがらくたにしか見えぬこれらの品も、長にかかれば様々な吉兆を読み取ることができる。闇の軍勢の本陣に設けられたこの空間で、彼は腹心の部下が敗れたことを知ったのだった。
こうなれば、敵が心臓を見つけ出すのも時間の問題だろう。
それを許す長ではない。
妖魔の長は、次なる手を打つべく新たな魔法に取りかかった。
◇
地の底だった。
大陸の東西を縦断し、南北を分断しているこの山脈には、硝子の谷や、毒の光を放つ岩場などの奇怪な地形が散見される。その中でも最も不可思議なものは大空洞と呼ばれる巨大な洞窟であろう。山々の地下に広がる空洞は、無限とも思えるほどの奥行を持ち、都市すらも建造できようかという驚くべき広大さを誇る。いかなる自然の作用によって生まれたのかは謎であるが、それら地下空洞は未だその全貌が知られてはおらず、どころか神話の時代の遺跡や異界の怪物すら残っているとも言われている。そして、闇の聖地。
「かつてこの地の奥深くには、地下に住まいし流血の女神の神殿があったそうです。それも古の戦いによって破壊され、失われたそうですが」
だから、妖魔の長が心臓を隠したならばそこだろう。指輪の娘はそう話を締めくくった。
松明を手に、娘と妖精騎士は闇の中を行く。地下深くに伸びる、大空洞の通路のひとつ。西端の入り口から伸びるその先を。
月神の神殿を抜けた二人は東へ進み、そしてこの地へとたどり着いた。旅の目的地。地上において大樹の精霊の権能が通じぬ数少ない場所である。
「はじまりの大戦の前。古の世界には争いはなく、生きとし生ける者すべてが平和を謳歌していたと聞きます。そこでは人の類や妖精族。闇の種族の別なく入り混じって暮らしていたのだと。
世界はもう、元には戻らぬのでしょうか?」
「器から零れた水はもう、戻ることはありません。太陽が西より昇らぬ限り」
「そう……ですね。詮無いことを言いました」
「いいえ」
言葉を交わす合間にも、周囲の地形はどんどん姿を変えていく。乳白色の鍾乳洞には水が流れ、それは進めば進むだけ水位が上がり、やがては腰までも飲み込むほどになったではないか。進むのも困難になった段階で。
「引き返しましょう。これ以上は進めません」
「ええ。―――いえ、待って。あれは?」
妖精騎士に、娘も賛同しようとした矢先。
前方に見えたのは、直線的な構造。明らかな人工物である。近付いてみれは、それは階段だった。水中から奥の高所へと登るためのものである。
ふたりは顔を見合わせると、先へ進んだ。
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