第17話 剛剣
魔法使いは勝利を確信していた。己を殺すには生半可な威力では不可能だ。竜はすぐこちらに気付いてやってくるだろう。敵手の一撃。ただの一撃さえ防御できればよい。故に踏み込む。敵手が踏み込んでくるのは同時。早い。問題ない。受け流す。いや、これは!?
切りかかってくる妖精騎士。その体は急激に沈み込み、そして剣が真正面から振り下ろされる。激突するふたつの刃。
上段から正面へと瞬間的に軌道が変化した一撃は、読み誤った魔法使いの剣を力負けさせた。受け流すはずだった威力を、真っ向から受け止めさせたのである。結果、魔法使いは自らの剣を浴びる事となった。舞い散る鮮血。妖精騎士が次の攻撃を放つための、十分な猶予が生じる。
心臓に刃が突き込まれた。ねじられる。完膚なきまでに破壊される循環器系。
今度こそ、再生する余地はない。死は確実に訪れるであろう。恐るべき剣技。
凄まじき剛剣であった。
だから、魔法使いは最期の力で叫ぶ。
「娘を殺せ!今すぐに!」
声は、竜に届いた。
◇
「娘を殺せ!今すぐに!」
その声が聞こえた時、指輪の娘は貯水槽より這い出してきたところだった。魔法使いの命令を聞きとがめた彼女はだから、周囲に視線を巡らせ。
—――GGGGGGGGGGUUUUUUUUUUUUUUUOOOOOOO!!
強烈な咆哮と共に、眼前の廃墟が吹き飛んだ。顔を突き出してきたのは竜の巨体。その口が開き、息が大きく吸い込まれ、胸郭が膨れ上がり、そして喉の奥に炎が灯るまでを娘は茫然と目の当たりにしていた。
回避する余地はない。
岩をも溶かす
娘にできたのは、指輪のはまった手を突き出す事のみ。
炎に飲み込まれる指輪の娘は、見た。炎が己を避けて通る光景を。
そして、指輪が急速に炭化していく姿を。偉大なる半神の力を秘めた木の指輪の表面が黒ずみ、ひび割れ、朱い燃焼の光を放ち始めていくのである。真なる竜が放つ
強烈な攻撃は、指輪が限界を迎える直前で唐突に止んだ。竜が息を吐き尽くした結果だった。されど、もはや娘を守るものは何もない。敵手を斃した妖精騎士がこちらを振り返りつつあったが、間に合わないだろう。
—――死ぬ。今度こそ間違いなく。
竜が瓦礫を乗り越える様子は、驚くほどにゆっくりに見えた。
ゆっくりだったから、振るわれたそいつの爪を掴み取るのも容易だった。
怪物の攻撃を、娘は片手で受け止めていた。更には、勢いをそのままに相手を捻った。
—――GGGGGGGGYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAA!?
無理な力をかけられた竜の腕が捻じ曲がる。骨格が無惨に破壊されたのだ。
—――え?
娘が疑問符を浮かべる間にも、体は勝手に動いた。虚空に手を伸ばすと、得物を掴みだしたのである。
握られていたのは巨大な戦斧。血塗られた白骨のようにも見えるそれは黄昏を削り出して刃とし、宵闇を鍛えて柄と成した神代の武具。
指輪の娘は———指輪の娘でもある者は、無造作に斧を振り上げた。
血も凍るような音。
攻撃は、いともたやすく竜の巨体にめり込んだ。竜の鱗を切り裂くのは、石の城壁を突き崩すより困難であるというのに。
逃れようと竜がもがくところへ、更なる追撃が加えられる。容易く破壊されていく竜の巨体。もはやどちらが強者かは明らかだった。戦斧が振るわれるたびに絶叫が上がるが、それも徐々に弱っていき、やがては途切れる。
後に残っていたのは、戦斧を手にし、全身を竜の返り血で真っ赤に染めた、指輪の娘のみ。
彼女は妖精騎士へと振り返ると口を開く。
「私は……何をしたの?」
言い終えた娘は、そのまま崩れ落ちた。
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