第11話 天地創造
この世は驚異が満ちている。
雲の中に見えるのは天空を行く城であるし、それを支えているのは大気の巨人。地上に目を向けてみれば、草葉を濡らす朝露の精の姿があるし、野を駆けていくのは透き通った風の霊獣である。
森羅万象、ありとあらゆるものに宿る霊たちがわいわいがやがや。朝日に照らされた世界は、にぎやかだった。
もっとも、普通の人間には彼らの姿は見えない。優れた
だから。木の指輪をはめ、旅装に身を包んだ娘は目を丸くしていた。
「貴女が今目にしている者たちこそ、万物に宿る諸霊。人間がそう呼び習わす存在です」
妖精騎士の話によればこうだ。
天地創造以前、原初の混沌より偉大なるものたちは生まれ出でた。自然の荒々しさを体現する
そしてそれらのすべてに君臨するべく顕れ、魔法のわざに長けていたという神々。
神々は天地を切り分け、世界を分化させていった。混沌に秩序をもたらしたのである。
そんな彼らが重ねた合議の果てに生まれたのは、ひとつの律法。物は下に落ち、火は病魔を焼き滅ぼし、天は光と闇が交互に支配する。
このもっとも偉大にして、世界の根幹に位置する律法の名を、この世の理という。これに従って、万物に宿る諸霊は世界を運航しているのだ。
だから。魔法とは、神々のわざの模倣から始まる。諸霊を知覚し、交渉し、なだめすかしあるいはだまくらかして、ほんの少し。望む助力を引き出すこと。
それが、人の類が用いる魔法の根本に位置する原則だった。
「しかし、何故?今まで、私には霊視の力などありませんでした」
「霊視は、魔法使いにとって最も重要な才能のひとつです。同時に、訓練で伸ばすことのできる技能でもあります。
短い間とはいえ、聖域で過ごした貴女は霊的な存在への感受性が高まっている。霊感が強まっているのはそのためです。修行を積めば、ひとかどの魔法使いとなることも叶いましょう」
よき師匠に巡り遭うことは必要でしょうが。と、妖精騎士は続けた。
広大な原野を進む中、語られる神話。
「偉大なるものたちは、自らに似せて多くの眷属を生み出しました。
万物は流転し、循環していたという。すべての種族はその流れの中で生きてきたのだ。天地創造が間もなく完成しようという時代。世界は絶頂期にあった。
だが。それにも終わりが訪れる。
創造神たちの間に不和が生じたのである。もっとも力ある二柱の神。暗黒神と、その弟神である太陽神のどちらが首長たるに相応しいかで、神々はふたつの勢力に分裂したのだった。どちらにも組しない神もわずかに存在したが。
それは、
はじまりの
戦いは、幾度かの小康状態を挟んで長く続いた。偉大なるものたちは、いずれも不死であったから。眷属たち。地上の小さきものたちが減るたびに戦いは収まり、数を盛り返すにしたがって再開されていたのである。
結局、大戦が真に終結するためには、とある災厄の登場を待たねばならなかった。光の神々の一柱、星神の過ちによって出現した怪物は、一度世界を滅ぼしかけた。滅亡を目前にして、二つの陣営はようやく手を結んだのである。もはや神々には争い合う余裕などなかったのだ。
辛うじて怪物が封印されたとき、すべてのものは傷付き、疲れきっていた。神々は地上より去り、世界樹は天地を支えるべく幽界の奥深くへと姿を消した。巨人たちはそれに続き、
かくして神話の時代は終わりを告げた。天地創造は終わり、世界は今の形へと完成したのである。
この時より、地上世界は小さきものたち。人間や、動物たちや、木々。虫。鳥たち。さまざまな生き物たちとそして、闇の種族たちのものとなったのだ。
そこまでは、指輪の娘も知っている神話だった。
されど、ここからは違う。
「大樹の精霊と、妖魔族との因縁も大戦から続くものです」
大樹の精霊は、光の神々に。女王に率いられた妖魔族は闇の神々に味方した。両者は激しく争い合い、最終的には大樹の精霊が女王を制する。
されど、敵対関係が解消したわけではない。そもそも大戦は自然消滅しただけなのだ。だから人の類と闇の種族は今も激しく争いあっているし、妖魔族はなおいっそうの憎悪を精霊へと募らせている。
今続いている戦も、神話の延長にあるのだ。と気付いて、娘は身震いした。
かくなる上は、探索を成し遂げて戦いに終止符を打たねば。
一行は、進んだ。
それを空から見下ろす一対の瞳があった。
◇
「―――発見いたしました。娘も同行しております」
闇の種族の本陣でのこと。フードの魔法使いの言葉に、妖魔の長は頷いた。
大樹の精霊が探索者たちを送り出すのは予想出来ることだった。長を殺すには、心臓を見付け出す他ない。隠蔽には万全を期しているが、故にこそ大樹の精霊はその場所に気付くであろう。地上の植物全てを支配する精霊の目が届かぬ場所はごく限られるから。魔法使いの報告からは、探索者たちがそちらへ向かっているのはほぼ間違いない。
問題ない。こちらの予想通り、娘を聖域の外に連れ出してくれたのだから。守りきれぬと判断したのであろう。そして、人間界の道案内でもあるはずだった。
千載一遇の好機が訪れたのだ。
「手勢を率い、娘を奪うのだ。他は殺せ」
「はっ!」
魔法使いに対して、命令が下された。
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