第10話 野営

熱源の確保は野営における課題である。それが隠密性を求められる場合は特に。

炎は目立つ。強力な光源であり、熱を発し、薪が弾ける音は響き渡る。煙は遥かな遠方からでも観測できる。

だから、そのキャンプで設けられたかまどは、不思議な形状をしていた。

地面を掘り抜いた穴が二つ。下で繋がった片方の底では赤々と炎が燃え上がっている。燃焼によって生じた上昇気流によってもう片方の穴からは大気が流入、新鮮な空気を供給している。まわりの土で断熱された環境は温度を高め、完全燃焼の実現によって煙もほとんど出ていなかった。もちろん穴の底だから光も漏れない。

草小人たちが好む野営の作法だった。

枝を火箸に、小石が摘まみ上げられる。よく焼けたそれは器におとされ、じゅっ。と音を立てた。たちまちのうちに湯が沸き、針葉樹の葉が煮たてられる。

同様の工程が幾度も繰り返され、火を囲む者たち皆に茶が行き渡った。

指輪の娘は、周囲に視線を向けた。

同行者たちは紅の髪を持つ妖精騎士と、他数名。いずれも、大樹の精霊自らによって選び抜かれた精鋭たちである。娘を守り、共に使命を果たすことを命じられているのだった。

妖魔の長を討ち滅ぼす、という。

敵の狙いが娘の身柄にある以上、離れた方が安全であるという判断でもあった。敵勢は聖域に対して苛烈な攻撃を仕掛けているが、言い換えればそれは敵も一か所に釘付けにされている、ということだ。聖域が一朝一夕で陥落することはあるまい。娘の身を守り、妖魔の長の心臓を探すには都合がよかった。

そしてもう一つ。

探索には人間の道案内が必要だった。心臓を探すには、人間族の土地。娘の故郷を抜けて、闇の種族の領域まで赴かねばならなかったから。

恐ろしく困難な道のりである。されど、なんとしてでもやり遂げねばならなかった。

茶を一口。喉が潤い、疲労がわずかだが回復したようにも感じる。

娘はふと、手の中の木椀ククサへと視線を落とした。

まだたっぷりと残る茶に映し出されているのは、見慣れた自分の顔。されどそれだけではない。この身には、妖魔の女王が眠っているというのだ。胸を貫かれたとき、不思議な声が確かに。あれが恐らくは、女王。

その力のおかげで今、己は生きている。どうして妖魔の女王が自らに助力してくれたのかは分からないが、同じ幸運はもう望めまい。次の機会があったとすれば、その時頼りになるのは仲間たちと、自分自身。そして、今も身に着けている木の指輪だけだ。

大丈夫。指輪は、きっと自分を導いてくれるだろう。事実、聖域までの道程を踏破しえたのはこの呪物あってこそだったから。

浮かびそうになる不吉な考えを振り払う。椀の中身を飲む。旅程では茶は貴重だ。手間暇かけて火を起こさねば手に入らぬ。煮沸によって病魔を退け、栄養を補い、体温を保つ役目もする。聖域の妖精たちは鉄を好まなかったし、陶器の類は旅程に不向きである。湯を沸かすには熱した小石を器の中に放り込むのが一番簡単であった。

茶を飲み、携行食も腹に入れたところで、夕日がとうとう去っていった。これからは暗黒神の支配する時間。世界は闇に包まれたのだ。

一行は見張りを立てると、マントにくるまり眠りに就いた。

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