第9話 旅立ち
旅立ちにはよい
森の出口に広がるのは、荒野。
雲は流れ、風はどこまでも爽やかだ。これが人目を避けた脱出行でなければ最高だったろうが。
これより、主君より与えられた使命を果たさねばならぬ。敵将を討つ、という。困難な道程となるであろう。妖魔の長を倒すためには、その心臓を砕く必要があった。そこを探し出し、たどり着くだけでも冒険と呼べるに違いない。案内人がいることだけが救いか。
妖精騎士は、後続へ振り返った。
そこにいたのは旅装の者たち。いずれも選び抜かれた猛者ばかりである。
そして、人間の少女。
木の指輪をはめた彼女の手をとり、妖精騎士は告げた。
「さあ。行きましょう」
◇
時間はしばし遡る。
血で染まった聖域。
大樹の精霊は跪き、横たわる娘を抱き上げていた。妖魔の長によって貫かれた胸には、しかし傷跡が全くない。この少女が内に宿している者の力によって癒えたのだ、と言うことを、大樹の精霊は知っていた。古に"それ"を封じたのは、他ならぬ精霊であったから。
妖魔の女王。地下に住まいし女神から生まれ出でた、原初の知恵ある者が一である。神々に限りなく近いその存在は不死だった。妖魔の長のように死なぬのではない。殺されても、新たな肉体に宿って甦るのだ。
だから、封じた。殺されても生まれ変わる者を封じ込めるため、人間の血の中に封印したのである。妖魔族が精霊を宿敵とするのも無理からぬことではあった。
王族の血がこの少女を除いて絶えた。ということは、もはや彼女自身が妖魔の女王そのものでもあると言うことだ。先ほど復活しなかったのは奇跡に近い。
かくなるうえは、何としてでも守り通さねばならぬ。
されど、敵は執拗に娘を狙うであろう。守りきるのは困難だ。敵将は不死である。少なくとも、その心臓を砕かれぬ限りは。何度でも、今回のような侵入を試みるに違いない。
精霊は、しばし娘の顔を見ると、やがて決心を固めた。
◇
妖精騎士は生きていた。甲冑があったおかげであるし、花々の長たる彼女はその再生の力を強く受け継いでいたからでもある。花は散っても、いつかまた咲くものだから。
気が付けば、手当てを受けていた。駆け付けてきた者たちが、そこかしこで負傷者を助けていたのである。
手当てする小人に無事を告げ、苦労して身を起こす。
大樹の無事を確認し、妖精騎士は安堵した。この、神話時代より生き続けた樹木は限りなく不死に近い。
とは言え、周囲の状況は悲惨の一言だ。死体は散乱し、血で聖域は穢された。敵に依代とされた哀れな
そして、指輪の娘。
大地へと倒れ伏した彼女を抱き抱えているのは精霊であった。
―――いったい、何が。
呆然としている妖精騎士の前で大樹の精霊は立ち上がり、そして命令を下した。
「精鋭を集めよ。妖魔どもの長。その心臓を探し出し、砕くのだ」
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