第8話 輝く闇
「はははははは!!やったぞ!ようやく取り戻した!!」
妖魔の長の内を占めていたのは、歓喜。彼の手の内には、この千年求めて得られなかった者が在ったからである。これと比較すれば、大樹の精霊を討つという命題ですら些事に過ぎぬ。
娘を抱き寄せる。着衣を裂く。心臓を抉り出すはずだった抜き手は、しかしはじき返された。巨大な霊力によって拒絶されたからである。
見れば、娘を守護しているのは指輪。大樹の枝より削り出されたのであろうそれは、妖魔の長を拒絶したのだ。
「小癪な」
指輪を、娘の指より抜き取る。強烈な霊力が手を焼くが構わぬ。投げ捨てる。これでもはや邪魔者はなくなった。
さあ。娘の体を引き裂こう。矮小なる人間として封じ込められた魂魄を、解き放とう。
掌が、娘の胸板を貫いた。
◇
―――ああ。私は、死ぬんだ。
指輪の娘は、奇妙な静けさの中にいた。何も聞こえない。何も見えない。何も感じない。ただ、胸を貫かれた記憶だけがあった。
不思議と、痛みはなかった。己はこのまま死するのであろう。苦しまずに死ねるのだけはありがたかった。
―――本当に?
聞こえた。
己の内側から浮かび上がってきたのは、問いかけ。
静かな。それでいて、とてつもなく力強いそれは、死の淵にいた娘の魂を容赦なく打ちのめす。
この声は、一体。
―――このまま死することが、お前の望みなのか?
そんなはずはない。心残りはあまりにたくさんある。ありすぎた。
もっと生きたかった。母と、国の仇を取りたかった。闇の軍勢を滅ぼしたかった。だがそのための力がない。魔法?剣?そんなものでは駄目だ。現に妖魔の一体にも敵わぬではないか。軍勢?それでも駄目だ。故郷は蹂躙された。この聖域ですら危うい。真なる魔法を。神々の魔法をも打ち破る力が必要だ。神話に謡われる
―――よかろう。望みの力、くれてやろう。
闇が広がり、そして。
娘は、目を醒ました。
◇
絶叫が上がった。
その主は、妖魔の長。つい今しがたまで殺戮を
苦労して身を起こす。何が起きているかを目の当たりにした彼女は、絶句。
―――なんだ。何が起きているのだ!?
貫かれた娘の胸板。そこから噴き出しているのは、闇。輝きを反転させたかのごときそれを浴びている妖魔の全身が急速に朽ちていくのである。いかなる攻撃も受け付けなかった、不死の肉体が!!
たまらず、妖魔の霊が離れていく。残された依代の
ゆっくりと落下していく、娘の肉体。
一部始終を目の当たりとした妖精騎士は茫然とした。生き残っていたすべての者がそうだったろう。
一体何が起こったというのか。分からぬ。分からぬまま、妖精騎士の意識は闇に飲み込まれていった。
◇
「―――!!」
妖魔の長は、目を醒ました。
状況を確認。
彼は、自らが無事に肉体へと戻ったことを悟っていた。あと一歩遅ければ、死していたであろうことも。
恐るべき力だった。女神より賜った不死の恩寵すらも打ち破るとは。
素晴らしい。
これぞ、長が。いや、女神を奉じる闇の種族が求める力。人の内に封じられた偉大なる妖魔の霊威なのだ。
女王の帰還は近い。
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