第7話 女神の恩寵
「かかれ!!」
幾つもの刃が、振り下ろされた。
寸鉄すら帯びぬ妖魔の長の巨躯。そこへ強烈な攻撃が襲い掛かったのである。大樹の精霊を守る衛兵たちはいずれも劣らぬ精鋭揃い。死は避けられぬはずであった。
刃が、届きさえすれば。
「―――馬鹿な!」
衛兵たちは驚愕した。いずれの刃も、長の肉体。そこから皮一枚の距離を隔てて静止していたからである。まるで禁じられているかのように!
反撃は強烈だった。
踏み込んだ長が放った無造作な打撃は、衛兵の胸を陥没させ、首をへし折り、腹を突き抜けた。死した衛兵より奪い取った二刀を構え、長はさらに殺した。首が飛び、袈裟切りにされた衛兵は切断面からずれた。その猛威に抗することなどできようはずもない。届かぬのは刃だけではなかったから。炎も水も
「そなた……死ぬ事を禁じられておるのか」
大樹の精霊が口を開いたのは、衛兵の半数が死した後のこと。この半神のみが、何が起きているのかを正確に見抜いていた。
「いかにも。
これこそ、女神より賜った恩寵。いかなる死も、わが身に触れる事
地下に住まいし流血の女神。それは世界を創造した原初の神々の一柱である。だから、この創造神が死なぬと定めれば、実際にそうなるのだ。死と流血を司る女神であるが故に。
だが、いかに強大なる力を持つ創造神であろうとも、全能ではない。その事実を精霊は知っていた。
「心の臓を貫くのだ!さすればそ奴も真に死す!!」
◇
妖精騎士は、刃を抜き放った。
走る。間合いに踏み込む。狙いは妖魔の長、その心臓。剣が激突。反撃の二刀目を回避。技量は互角。されど膂力と敏捷性は敵手が大幅に上回っている。そして体格も。近接戦闘では致命的な差。ましてやこちらは相手の心臓を狙うしかない。構わない。この局面で、敵手は初めて防御したのだ。行ける。攻撃を受け止める。バックステップで威力を殺す。間合いが離れた。剣をほどく。
無数の花弁の集合体と化した剣を、突き込む。
ほどけ、大幅に伸長した刃。それは、確実に敵手の胸を穿った。
妖魔の長は、斃れ―――ない!?
敵手が振り上げた刃は、妖精騎士に直撃。
「―――か…はっ!」
妖精騎士は、見た。敵、妖魔の胸にぽっかりと空いた
―――馬鹿、な……っ!?
「見事な腕前だ。心臓を隠してこなければ危ないところであった」
妖魔は苦笑。それが勝者の余裕から来るものであることは明白であった。
大地に転がる妖精騎士。瀕死の重傷である。甲冑がなければ体が両断されていたことだろう。
妖精騎士から外した視線を、妖魔の長が向けた先は指輪の娘だった。
「やめよ!」
最後に立ちはだかったのは大樹の精霊であったが。
「貴女の相手は後だ」
いともたやすく、その身を突き抜けていく妖魔。大樹の精霊の姿は仮初に過ぎぬ。その本質は大樹そのものであるから。拒否するものを阻止することはできなかった。
逃げ場を失い、立ちすくむ娘。もはや彼女を守る者はいない。もちろん妖魔相手に、ただの人間の娘が抗することなどできようはずもない。
妖魔の手が、指輪の娘へと伸びた。
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