第5話 攻城戦

「―――!」

大樹の精霊は、顔を上げた。強烈な衝撃をその身に感じたからである。聖域の外縁、外界との境界に配した茨の城壁。自らの分身であるそれに攻撃が加えられたのは明白だった。

「客人を追ってきた―――にしては尋常ではありませぬ。奴らは本気でしょう」

筆頭の妖精騎士へと頷く。この紅に彩られた側近もすでに武装し、いつでも出陣できる構え。指輪の娘が何者かは既に聞いた。友の末裔であるならば、何としてでも守らねばならぬ。

敵勢を率いる妖魔族の目的は、あの娘であろうから。

既に諸将は兵をまとめ、城門の守備に向かっている。彼らはうまくやるだろう。少なくとも、今宵は敵の猛攻を凌ぐことが出来るに違いない。

わたくしも出陣いたします」

「待つのだ。そなたにはより重要な役割がある」

場を辞そうとしていた妖精騎士。彼女に対して精霊は告げた。

「娘をここへ。この戦を左右することになるかも知れぬ」


  ◇


太陽が沈み行く。

それと同時に、森の影より姿を表したのは邪悪なる軍勢であった。ただの軍勢ではない。虚ろなる瞳。覚束ない足取り。ベットリと張り付いた血、絞め殺された痕のある少女もいれば、あるいは陥没した頭蓋の男の姿もある。老若男女、貴賤分け隔てない彼らはかつて人間だったもの。死者の軍勢が進み出たのである。

そいつらはゆっくりと。しかしまっすぐ、城壁を目指している。あまりの光景に、聖域側の兵士たちは嫌悪感を隠そうともしない。

「まだだ。充分に引き付けろ!」

美丈夫の叫び。

城壁を守る兵士たちは既に武装を構えている。呪言を刻んだ粘土弾が装填された杖投石器スタッフ・スリングを携えているのは草小人たちであり、森妖精たちが弓につがえるのは霊木の枝からなる魔法の矢である。死者を殺すなら魔法の力に頼るのが一番だ。

やがて敵勢が充分に近づいたとき。

「―――放て!!」

無数の攻撃が、一斉に放たれた。

魔法の矢は一矢で確実に一体を倒し、粘土弾を受けた死者はたちまち倒れた。彼らを突き動かす悪しき魔法が霧散した結果である。城壁の内側からの攻撃は更に強烈だった。いくつもの大岩が茨を飛び越え、何体もの死者を押し潰し、更には転がってそれ以上の兵を倒したのである。巨人たちが投じたのだった。

苛烈な迎撃はしかし、敵勢を止めるには至らなかった。死者たちには恐怖心の持ち合わせなどなかったからである。

やがて、死者たちが城壁に取り付いた。最初少数だったそいつらは、たちまちのうちに多勢となりそして城壁をよじ登り始めた。茨に、切り裂かれながら。

それで終わらない。衝角を抱えた死者たちが突っ込んでくるのは城門。

「奴らを止めろ!」

美丈夫の命令で衝角へ攻撃が集中した。にも関わらず止まらない。死者の何体かを仕留めたのみ。

衝撃が走った。城門に強烈な一撃が加えられた証拠であった。

屍を文字通り積み重ねながら死者たちは進む。戦いは始まったばかりと言うのになんという猛攻なのだろうか。しかもこやつらは前座に過ぎぬ。後方にはまだ、多数の闇の怪物どもが控えている。

「突入してくるぞ!備えろ!!」

美丈夫は、叫んだ。


  ◇


―――そろそろ頃合いか。

妖魔の長は結跏趺坐けっかふざを組んだ。傍らに刃を置く。敵の注意は充分に城門へ集中しただろう。これより術の準備に取りかからねばならぬ。

大樹の精霊の霊力は恐るべき物だが、完璧ではない。付け入る隙はあるのだった。長ほどの力量があるならば、という条件はつくが。

「しばし任せる」

「はっ!」

一礼するフードの魔法使いを一瞥すると、長は瞑想に入った。

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