第4話 妖魔の一族
―――厄介な。
どこまでも続く茨の城壁を見上げながら、闇の軍勢の長は思案していた。
長の姿は怪異であった。肌は紅玉のように赤く、額を含めて三つの黒い眼球に、黄金の瞳。瞳孔は縦に裂け、左右側頭部、二本の角が伸びている。均整の取れた肉体を戦衣で包み、傍らにある長大な刃は力ある魔導の器であろう。妖魔族。それも、神話の時代の力を色濃く残した上位種であった。
彼とその軍勢の力を持ってしても、この城壁を破るのは容易ではない。にもかかわらず、王女は向こう側へと逃げ込んだのだという。大樹の精霊は徹底抗戦を選択するに違いない。戦いは避けられまい。
だがそれもやむを得なかった。彼ら妖魔の一族にとって、大樹の精霊は不倶戴天の仇敵である。いずれ刃を交える日が来るのは分かっていた。激突の時期が早くなっただけのこと。
妖魔は、周辺に目をやった。
傍に仕えるのは黒い肌を持つ
最も多く目につくのは
小鬼を従えるのは
そのほかにも、多種多様な姿の怪物どもの姿がある。
そして、死者たち。
闇の魔法によって黄泉還った彼らは、征服し、殺した人間どもの成れの果てだ。森の中に布陣したこの不浄なる怪物どもは大勢殺すだろう。死者は多ければ多いほど良い。敵も、味方も。闇の種族たちが信奉する女神は、流血を好んだから。
彼らは待っていた。夜の訪れ。忌々しい太陽神が眠りに就く
そうなれば、いよいよ聖域へと攻め込むのだ。妖精たちを殺し尽くそう。森を焼き、河には毒を流そう。地下に住まう女神の寝所にまで血を滴らせよう。
大樹を斬り倒し、精霊を滅ぼそう。
そして、あの娘。唯一王家で生き延びた姫を手中に収めよう。そうすることで、彼ら妖魔の宿願は、ようやく果たされるのだから。
◇
「―――なんということだ」
茨の城壁の内側。そこにそびえたつ岩山の見張り台で、黒髪の美丈夫は呟いた。
弓と剣を携え、髪と同じ色の胸当てで身を守る彼は聖域を守護する妖精騎士の一人であった。
彼の目には見えていた。何万という大軍が、整然と並んでいるのを。奴らの陣形は、統率された行動を得手とする人間族のそれと比較しても見劣りすまい。敵は鉄の規律を実現したのだ。絶対の恐怖と、闇の神々の威をもって。
すでに城壁の内側では、配下の者たちが守備についている。美丈夫のように岩山や、あるいは木で組んだやぐらに並ぶ
奴らは夜を待って攻撃を開始するだろう。世界の半分。昼を支配する太陽神は、この世の理を冒す振る舞いを許さないから。邪なる魔術など、その最たるものだ。
だから、日が沈むその瞬間を誰もが待っていた。いや、むしろ望んですらいたかもしれない。臓腑が握り潰されるようなこの空気が続くならば、いっそ。と。
彼らの願いを聞き届けたわけでもあるまいが、遥か西の空。夕日が沈んだ瞬間に、敵勢は動き出した。
敵陣より歩み出てきたのは、ローブにフードの魔法使い。
「茨の奥で怯え、震える臆病者どもに長のお言葉を伝える。力の限り抵抗するがよい。そなたらの血と悲鳴と苦痛に、女神はお喜びとなるであろう。
千年の因縁に決着を付けてくれよう。勝つのは我ら妖魔である」
「―――言いたいことはそれだけか!」
口上が終わると同時。目にも止まらぬ早業で放たれたのは、矢。美丈夫の手を離れ、まっすぐ飛翔したそれはローブの魔法使いに突き刺さる。
まさしくそう見えた瞬間、矢の進路に割り込んだのは魔法使いの掌。
急所を貫くはずの一撃は、掌に突き刺さるだけに終わった。
引き抜かれる矢。かと思えば、矢傷はたちまちのうちに塞がっていくではないか。
美丈夫を一瞥した魔法使いは、そのまま陣の内側へと戻っていった。
それをしばし睨み付けていた美丈夫であったが。
「備えよ。来るぞ!!」
戦いが始まった。
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