第3話 闇の軍勢
「大地を埋め尽くすほどの大軍でした。本当に、敵勢に隠れて地面が見えないのです。押し寄せて来る様はまるで、話に聞く津波のようでした」
岩山の館。その一室で、妖精騎士は娘の話を聞いていた。
娘は、近隣にある人間の国を治める王家の一族なのだという。指輪も、家に代々伝わるものだとか。森と湖に囲まれた土地で、彼女たち人間族は繁栄を謳歌してきたのだった。
平和が終わったのは、つい先日のこと。
北の大地。天に向けてそびえたつ山々に隔てられた向こう側から、突如として軍勢が現れたのだという。邪悪なる神々を奉じる闇の種族。醜悪なる
村々がたちまちのうちに飲み込まれた。男は殺され、女は犯され、子供たちは奴隷とされた。近隣の砦より駆け付けた兵たちは世にもおぞましき光景を見た。彼らに襲い掛かったのは、守るべき民。その成れの果てであった。幽鬼。屍人。動く死体。死してなお蠢く、不浄なる怪物と化した死者たちを、闇の軍勢は前面に押し立てたのである。邪悪なる魔術のわざは、死者をも蘇らせ、使役するのだ。
侵攻は燎原の火のごとく広がり、だれにも止めることはできぬ。人間族にも魔法使いはいたが、その数は少ない。強大なる闇の種族の魔法に対抗できようはずもなかった。
そしてついには、王城が陥落した。娘の母である女王は城を枕に討ち死にし、主だった者も運命を共にした。
わずかな者のみが逃げ延びた。王女である娘もその一人だった。されど、追手によって一人。またひとりと護衛の戦士たちは斃れていく。そして、娘自身も敵の手にかかろうと言うところで、たどり着いたのだった。
伝承に語られる聖地。かつて、王家の始祖が友誼を交わしたという大樹の精霊が治める、この妖精境へと。
「この指輪は、初代の王が大樹の精霊より賜ったものだそうです。持ち主を守る魔法が込められている、と。ここへの道中、私の命を幾度も救ってくれました」
木の枝を切り取り、くり貫いただけに見える指輪。実際には、それはいまだ生きている。のみならず、粗い削りのひとつひとつが複雑に折り重なった原初の魔法文字の連なりであり、内に強い霊力が込められているのが一目瞭然であった。精霊より授けられたというのであれば、それは大樹そのものの枝より成るに違いあるまい。
「もう、
「まずはお体を癒されることです。力が戻ればよい知恵も浮かびましょう。
それまでの間、この館でおくつろぎください」
妖精騎士には、そう答えるのが精一杯であった。
その後もしばし言葉を交わし、そして妖精騎士は場を辞した。
主へと、事態を報告するために。
◇
どこまでも連なる、山々の風景だった。
それを俯瞰しているのは巨大な鷹。魔法の心得を持たぬ者にはそう見えようが、実際には異なる。それは鳥の精が変じた見張りなのだ。
彼だけではない。花の精。草原に住まう草小人の一族。岩に化けた巨人。弓と魔法に長けた
もっとも、そんなものは必要なかったかも知れない。なぜならば、これからやってくるものはとても目立ったから。
最初に気付いたのは、地に住まう獣たちだった。微かな地響きを感じ取ったのである。彼らが怪訝に顔を上げるのと時を同じくして、空の見張りたちが異変を察知した。
山の向こう。あの木々のざわめきはなんだ。見て分かるほどの大地の揺れはなんだ。地形を飲み込んでいくあの黒い染みはなんだ!?
斥候たちが呆然としている間にも、それは正体を
点だ。ひとつひとつは小さな点が蠢いている。その無数の集まりが、こちらへと前進しているのだ。だが、よく目を凝らしてみれば分かる。あれは兵士だ。一つ一つの点が、折れた鼻に醜悪な面構えを備えた
恐るべき大軍勢。まさしく地を埋め尽くすと言っても過言ではあるまい。万を越える大群が、聖域へと向かってくる!
事態を理解した斥候たちは、泡を食って踵を返した。危機を知らせねばならぬ。
戦いは近い。
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