第3話 存在価値(破)2

 どこかから聴こえるジャズ。

 日の落ちた街は静かにその様相を変えていく。

 夏だというのに、いや夏だからか、この街の夜は何かが張り付くような湿度を感じさせる。

 藍堂歩鷹は何とも言えない顔をしていた。

 下がった眉。引き締められた口角。怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、だがその胸には確かな高揚感もあった。

 少女は怪物と化した。学校での大立ち回りを見るに人を操ることまでできるのだろう。いや、正確には自分にとって都合のいい何かになっているのかもしれない。

「まだ研究会には黙っておくか、また先生にどやされるな……」

 今回、この街にやってきたのは卒業論文用の民俗学の研究のためだった。

 この街、潟森市には何かと妖怪やら魑魅魍魎に関する事件が起きている。それを研究、調査しようとしただけだというのに随分な事件に巻き込まれてしまった。

 しかし、一般の大学生にしてはこういった事案に対する反応が妙に小慣れている。

 それに関しては彼の所属する研究会こと、『異聞いぶん研究会』が深く関わっている。

 異聞研究会は妖怪悪鬼の類を研究調査するために生まれた組織で、米国はマサチューセッツ州にあるミスカトニック大学を母体としている。

 彼らは伝聞や民俗学からそう言った存在を調査し、対応・・するのが目的である。

 シストラムもエジプトでの調査の折に、とある遺跡の玉座に寝ているところを見つけたのが出会いだった。

 以来、やけに懐いたこともあり、彼女を連れて旅をしている。

 彼は何かを諦めたように溜息を吐く。

 彼が息を吐き切ったくらいにポケットの携帯電話が振動する。

 それを手に取り、液晶パネルを見るとそこには先生という文字が緑色に光っている。

 なんてタイミングの良いことだろうと思いながら、彼は携帯を開き通話ボタンを押す。

『やぁ、カーター。日本そっちはどうだい?』

 大人びた女性の声。彼女が先生こと、セネカ・ラファムその人だ。

「その呼び方やめてくださいよ、なんかむず痒い」

 彼は少し笑いながらそう言うとセネカも小さく笑った。

『君の名前は発音しづらいんだ。それで何か変わったものは見つかったかい?』

「……いえ、残念ながら」

 少し間を開けた答え。

 一瞬、彼女のことが頭をよぎったが、まだセネカに話すには早計だ、と首を横に振った。

『そうか、何か見つかったら報告したまえ、君の論文には期待しているよ』

 そう言うとセネカは電話を切った。

 勘がいいのか、本当に気付いていないのか含みのある言葉に歩鷹は再び溜息を零す。どちらにせよ、彼女が知らないフリをしていてくれる内に今回の件を片付けた方がいいだろう。

 ”イヤな事件は事件の方からやってくる”

 セネカの言葉を思い出しながら、彼は神妙な面持ちで闇へと消えていった。


 小さなマンションの一室。

 スーツ姿の小太りの男は頬に赤みを帯びながら、少しふらついた足取りで部屋に鍵を差し込んだ。

 文字通り愛する娘が待つ家。高校に行ってからというもの帰りの遅くなった彼女。

 最近ではいじめられているらしく、体に痣を作っている。

 自分が慰めているが、彼女の表情はあまり芳しいものではない。何か解決策を用意せねばいけないだろうと思いつつ、具体案が思い浮かばずに悶々とする日々が続いていた。

「かえったぞ」

 ドアを開けると夕食の匂いが広がってくる。

 珍しいこともあるものだ。ここ最近は塞ぎこんでいて自室に籠っていたというのに、今日は夕食の用意に掃除までしたようだ。

 そんなことを考えているとリビングの扉が開いた。

「おかえりなさい、父さん」

 明るく出迎える愛娘に男は目を丸くした。

 天使のような笑み。エプロンの下には何もつけずにいた彼女の姿に亡き妻を思い出す。

 どういった心境の変化か、彼女を抱いて以来見たことのない笑みに、彼の心に何か靄のようなものを覚える。それが罪悪感というものであること男は気付かなかった。

「ど、どうしたんだ、随分魅力的な姿じゃないか」

 男は靴を脱ぎ、玄関に上がると娘を抱きしめた。

 白魚のような肌。十四にしては大きく柔らかくて弾力のある豊満な胸。潤んだ瞳と唇に男の股間は熱を帯びる。

「だって好きでしょ、こういうの」

 そう言って微笑むと背伸びをして父に口付けをする少女。

 男の腕から離れた少女はくるりと回って男に微笑みかけた。

「ねぇ、ご飯にする? それとも……私?」

 男は答えずネクタイを外すと首元もボタンを外し、彼女の方に腕を回した。

 リビングの扉を通り過ぎ、彼は娘を連れて寝室を目指した。


 暗い寝室。

 灯りもつけずに男は娘を後ろから抱きしめると、その胸に手を伸ばす。

 優しく触れると少女の嬌声が零れた。

 もう片方の手で彼女の顎に触れ、自分の方を向かせると男はその艶やかな唇に自らの唇を重ねる。

 濡れた音が寝室に響く。小さく零れる二つの息。

 いつもよりも積極的な娘に、男はいつも以上の興奮を覚えていた。

 娘が舌を突き出すと男はそれを貪るようにしゃぶる。彼女の声が徐々に濡れていくのがたまらなく愛おしかった。

 ひとしきり熱い口付けを堪能すると男は娘をベッドに押し倒し、シャツのボタンを外していく。

 汗ばむ肌。これからの行為に胸を馳せる少女の表情に男の胸の鼓動は早くなっていく。

「来て、パパ」

 いつ以来だろうか、彼女が自分をそう呼ぶのは……。

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