第2話 孤立長女 2
網帝マンション近く。
青年はコンビニの袋を片手に廃墟の連なる郊外を歩いていた。コンビニで買ってきたフライドチキンにかぶりつくと溢れる肉汁が彼の指を伝い垂れ落ちる。
「やっぱチキンはフレンズマートだよな~」
彼の名は
昨日、彼の住処である網帝マンションにやってきた充の自殺を止めて以来、彼の脳裏には彼女のことが離れずに残っていた。
死ぬ人間は臭いでわかる。しかし、彼女の匂いは嗅いだことのない匂いだった。
普通の女の子ならもっと若い花のような香りがするものだが、彼女の匂いはどこか大人びていて、嗅ぎ慣れない匂いだった。
歩鷹の様子に気付いてなのか、彼の連れ猫であるシストラムが彼の肩で心配そうに彼を見つめていた。
「なんだよシストラム、そんなにおかしいか?」
彼の質問に答えるようにシストラムはニャーと小さく鳴いた。
「別にいいだろ、珍しい子だったんだから」
そう言って彼はシストラムの頭を撫でる。
心地よさそうにしていたシストラムだが、何かを感じ取ったのか急に目つきに野生を帯びる。
歩鷹もそれに気が付いたようで前を向き直ると、そこに黒装束の男が立っているのが見える。
歩鷹は彼を前に足を止める。
「アンタに言われた通り、彼女を引き留めた。多分、死んではいないはずだ」
昨日も歩鷹の前にこうして現れたこの男は夜になったら屋上に来る女の子がいるからと言って自殺を引き留めるよう彼に頼んでいた。
威嚇するシストラム。人懐っこいはずの彼女がここまで誰かを警戒していること自体に歩鷹自身も驚いている。
「君には感謝をしている。彼女は私にとって血を分けた存在のようなものでね、死なれては困るのだよ。まあ、あの娘がそう易々と死ぬとは思えぬがな」
歪んだ口角に歩鷹は寒気を覚えた。
以前、変わりなく威嚇を続けるシストラム。男はそれを見て鼻で笑う。
「やはり猫は好かんな。では、失礼するとしよう。間もなく目覚めだ、羽化の時ほど美しいものもない」
男は踵を返し、その場を後にする。
まるで霧散するかのように消えた男に、歩鷹は溜息を吐く。
「あの子、変な奴に気に入られるな」
少女を憂う歩鷹。
厚い雲が空を覆っていく。
雨の匂いが近づいてきた。
その日は何かがおかしかった。
部活動も終わり、帰宅時間だというのに生徒たちは
彼らは皆一様に硬い面持ちで、しかし目は虚ろなまま、どこかへと向かっていく。
私が宿直の日に限ってどうして彼らはこんなにも変な行動に出るのだろうか。
私は溜息を吐きながら、彼らの後を追う。さっさと注意をして彼らを帰らせねば、あの頭の固い教頭先生に叱られる。あの人は説教が見当違いな上、長いから余計なストレスを感じる前にこの可笑しな事案を解決させよう。
彼らが向かっているのは実習棟の三階。ガラス張りの階段を黙々と昇っていく姿はまるでゾンビのようにも思える。
現場が近づくにつれ、妙な雰囲気が濃くなっていく。
何か柔らかいものがぶつかり合う音。男子生徒たちの濃い息遣い。硫黄のような、魚の死骸のような臭いが辺りに充満している。
実習棟のトイレの前で力なく横たわる裸の男子生徒たちや男性教諭の姿が見えた時、私は得も言われぬ恐怖を感じた。
誰も彼もが幸福そうな顔で上の空の表情をしている。その中を歩いていくうちに、若い女の嬌声が聞こえてきた。
集団強姦という言葉が脳裏をよぎる。
私は急いで開けっ放しのトイレの中を覗き込んだ。
そこに広がっていたのは人の山だった。
裸の男たちの上で腰を振り続ける女生徒。その表情は何とも淫猥で、魅力的で、そして冒涜的だった。
私は声すら出ず、膝から崩れ落ちた。
私はオカシイ。
こんな状況だというのに、こんな狂気的な状況だというのに、体が火照りを帯びているのを感じた。
先ほどまで感じていた恐怖は肉欲に敗北した。
肉欲を貪る大罪の人形たちによる狂乱の宴。
これがこの町を呑みこむ闇の一端であると私が知るのは全てが終えた後のことだ。
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