第1話 存在価値(序)1

 生まれたことの意味を時々考える。

 私は誰で、この足はどこに向かう為のもので、この手は何を作るために生まれたのだろうかって、そんな誰もが一度は考える問い。

 そんな問いに答えがないなんてのは途中で気が付いていたけど、齢十四歳の私はそれを考えずにはいられない。

 別に未来に期待しているわけじゃない。ただ、その意味さえも見失ってしまった時、たぶん私は世界に別れを告げるしかなくなってしまう気がしたのだ。

 ううん、違う。たぶん私はきっと……。


 地獄はどこにだってある。普通の生活、普通の人生、それは歯車みたいに噛み合ってできている。

 私、古江ふるえみちるの場合にはその歯車が欠けてしまっていた。欠けた歯車は空転するわけではなくそこから徐々に崩れていくものだ。

 三階の実習棟奥の男子トイレ。そこが私の飼育場所だ。

 最初は軽いものだった。靴の中に画びょうが仕込まれていたり、教科書がなくなったり、そんな程度。

 だが、加虐心というのは徐々に増幅していくものだ。

 いつからこんな生活をしているのかわからない。男子便器を舐めるのももう慣れてきた頃だ。

 クラスの女子グループに目を付けられ、今では奴隷よりも酷い扱いを受けている。

 誰も来ないこの場所は彼女たちが元々サボり場所として利用していたらしい。実習棟といっても元は旧校舎で授業でも年に一度程度しか利用されない。更にここのトイレを使いに来る者など、それこそ砂の中のダイヤほどの数しかいない。

 腹を蹴られ、死にかけの虫のようになった私を彼女たちは愉しげに見ていた。零れる涙も彼女たちにとってはさぞ滑稽なものなのだろう。

 彼女たちの一人、葉月はづきさんが私の制服に手をかける。強引に引っ張られスナップボタンが外れる。

「ゴキブリちゃん、ずいぶんの色気ないブラしてるね、モテないよー?」

 他のメンバーは携帯を取り出すと悪魔のような嘲笑を浮かべて写真を撮っている。

「パンツ脱がせようぜ、父親に犯されて真っ黒になったお前の×××、クラスの奴らにも見せてやるからさ!」

 スカートに手を入れる上村うえむらさん。私は反射的にパンツを抑える。嫌だ、これ以上はもう耐えきれない。

 抵抗されたことに腹を立てたのか上村さんは私の上に馬乗りになり顔を殴った。

「抵抗してんじゃねえよ、ゴキブリ! ご主人様の言うこと聞けねぇのかよッ!!」

 両手で顔を覆うと彼女はその上から何度も殴ってくる。

「顔はダメだって痣になったら面倒っしょ?」

 仲間に止められて冷静になった上村さんは立ち上がった。

 助かった、と思った瞬間、腹部に重いものが落ちてきた。お腹の方を見てみると彼女の足が乗っていた。

「もういいや、行こうぜ。明日はお前の全裸撮ってやるからな、どうせだから橋沼はしぬま呼んでやるよ、キモブタの童貞卒業式に使ってやっからちゃんと避妊薬飲んでくるんだぞ?」

 トイレを後にする彼女たち。次第に遠退いていく高笑いに安心感が湧いてくる。

 私は鏡を見ながら乱れた制服を整える。

 なんでこうなったんだろうって考えるけど、もうどうだっていい。どうせ私は卒業するまで彼女たちの奴隷でしかないんだから。

 なんで、なんで私、生きてるんだろう……。

 私は家に帰っても奴隷であることに変わりはない。家も学校も私の居場所はどこにもない。

 私が中学生になった頃、私の父は私を強姦した。随分、前に亡くなった母の名を呼びながら私を犯す父親の姿は見ていられるものではなかった。

 それ以来、父は毎日のように私の体を求めた。会社から帰ってくるとシャワーも浴びずに私にその欲情をぶつけてくる。

 ひどい時は朝から夜まで犯される。私は葉月さんにそれを相談した。それからだ、私が彼女たちの玩具になったのは……。

 私は葉月さんを友人だと思っていたが彼女はそうではなかったらしい。

 嗚呼、もうどうだっていい。

 生きることに意味なんて見いだせない。このまま一生誰かに虐げられて生きていくくらいなら、いっそのこと死んでしまった方がいい。

 そうだ、死のう。死ねばもう苦しむ必要なんてない。生きているからこんなに苦しい思いをしなくてはいけないのだ。

 でも、痛いのも苦しいのも嫌だ。確実に速やかに死ねる方法といえば……飛び降りが一番だろう。

 死ぬのなら網帝マンションくらいの高さがいいだろう。今日の帰りはそこに行こう。

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