人形奇譚~Daughter of Sinner's~

河伯ノ者

プロローグ

 耳障りな雨音が響いている。

 ざーざー、ごおごお。煩わしい雨音はこの闇の中で音さえ存在することを許さない。全てを掻き消す音の群れは酷く響き渡るようだった。

 夜の街。当然、人の影はない。月明りも星の明かりさえもない街を歩くものなどよほどの酔狂だけだろう。

 この闇を照らすのは寿命手前の街灯だけ。それがパチパチと爆ぜる音さえも今は聞こえない。

 カツン、テロテロ。落ちた雨粒はみんなと一緒に雨受けを奏でている。小さな粒でもみんな集まれば大きな滝にもなれる。

 今、この町は時間さえも止まっているように感じられる。このまま雨音と闇に連れ去られ、どこか知らぬ世界へと足を踏み入れてしまいそうな危うさがこの町にはある。

 誰もいない闇の中。不定期に明滅する街灯の足元に一体の山羊がいた。

 黒。それはこの闇の中で、いやこの世の何物よりも黒であった。大きくまがった大角。闇よりも深い黒の体毛。アスファルトさえも踏み砕きそうな大きな蹄。その髭はテラテラと脂を含んだ液体で赤く染まっている。

 とても大きな黒い山羊。闇の中にいるソレは大きなミミズのようなものをみながら、じっとこちらを見つめている。

 どこを見ているのか、どちらを見ているのか。まるで剥製はくせいのように静かに闇の中に佇んでいた。

 そして何度目かの明滅の後、ニコリと笑ったそれは次の瞬間、姿を消した。

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