(仮題)

@hatomugi_x

(仮題)

「おじさん、こんにちは!」

 場を全く弁えない大声に思わず本から顔を上げる。先程まで空席だった向かいの席に、いつの間にかガキが一人座っていた。中性的な顔、どことなく水兵を彷彿とさせる出で立ち、オレンジ色の短い癖っ毛…恐らく男だろう。女ならもう少し髪の毛に気を遣うはずだ。

「…図書館では静かにしろ。」

「あっ!ごめんなさい…。」

 慌てて口を押さえながら、目の前のガキはキョロキョロと周りを見回した。案の定と言うべきか、周囲の人間はこいつと俺に対して敵意を持った視線をぶつけている。そりゃそうだ。だが、俺だって唯一の楽しみである図書館でのひと時を邪魔された被害者だという事を分かって欲しい。


「…チッ」

 立てかけてあった杖を引き寄せ、机と椅子を支えにしながらゆっくり立ち上がる。流石に、この状況のまま読書を続けられるほど俺の神経は図太くない。

「あ、おじ…」

 ガキは曇りきった顔で俺を見つめている。初対面の奴にそんな顔をされる筋合いが一体どこにあるんだ。

「おいガキ、話があるなら外で聞く。」

 ただ、自分に声をかけてきた子供を置き去りにするほど俺は人間として終わっちゃいない。『代わりに片付けとけ』と先程まで読んでいた本をガキに手渡すと、俺は杖に半身を預けながら図書館の外へと歩いて行った。



 図書館のすぐ側にあったベンチに腰を下ろす。ガキが隣に座ってきた、馴れ馴れしい奴だ。

「で、俺に何の用だ。」

「えっと…あ、その前にさっきはごめんなさい。図書館は静かにしなきゃダメっていうのがまだよく分かってなくて…。」

 なるほど。もしかしてと思っていたが、どうやら当たっているようだ。

「お前、ノービッシュの人間じゃないのか?」

 この町唯一にして最大の娯楽施設、図書館。そこでのマナーを知らないとなると、このガキは恐らく外から来た人間だろう。


「う、うん。そうなんだ。あ、自己紹介がまだだったね!僕はカタリィ・ノヴェル。カタリでいいよ。フリーの郵便屋ポストマンで、世界を旅しながら配達の依頼を受けてるんだ。この町には道に迷って辿り着いたというかなんというか…ハハ。」

 改めて身なりを見ると、確かに郵便屋ポストマンが使う青色のバッグを肩から提げている。嘘を付くタイプにも見えないし、どうやら言っている事は本当のようだ。そこに無造作に突っ込んである地図はどうやらお飾りのようだが。


「…お前の素性は分かった。だが俺は別に配達の依頼なんか出してないし、依頼をされる覚えも無いぞ。」

「あ、違う違う!おじさんに声をかけたのは、僕自身の用事だよ!」

 ますます疑問になる。俺とこいつは初対面だ。もし仮に知り合いだったとしても、。訝しげな顔を浮かべる俺をよそに、ガキ…カタリィはこう続けた。


「僕に、おじさんが主役の本を作らせてよ!」


 空は快晴。吹き抜ける風は爽やかで、往来には昼飯を売る商人の声が響く。そんな、ある日の昼下がりの出来事だった。


 ————————


(一体何だったんだあのガキは…)

 誰も居ない路地裏で、アルフリードは先程出会ったカタリという少年の事を思い出す。



「僕に、おじさんが主役の本を作らせてよ!」

「…何を言ってるんだ?お前。」

「だから、本だよ!本!僕おじさん見たときビビっ!ときちゃってさぁ…だって義足でしょ?その左脚。筋肉の付き方からして元兵士っぽいし…少し前の戦争で失くしたのかな?それに、ここに住んでるって事は敗戦国の人だよね?敗けた後どうやって生き延びたの?凄いなぁ知りたい事が沢山あるよ!」

「…ッ…!カタリ。」

「何々?おじさんどんな事話してくれるの?」

「えっ…あ…」

 ドサリ。意識を失い、カタリがベンチに横たわる。誰にも見られていない事を確認すると、俺はそそくさとその場を立ち去った。冷や汗が滲んだ額を拭いながら。まるで、逃げるように。



(とっさに喪眸バニッシュを使っちまったが、これでもう会う事はないだろう。念の為二、三日は出歩かない方がいいかもしれない。図書館もお預けだ。)

 "喪眸バニッシュ"。それは目が合った者の記憶から自分の存在を消失させる事が出来る魔眼。戦時中、死の恐怖で戦場からの逃亡を図ったアルフリードは、突如目の前に現れた禿鷲にこの力を与えられた。それと引き換えに、彼は左脚を失ったのだった。


(何が「俺が主役の本」だ。馬鹿馬鹿しい。俺はどこにも残さない。弱い自分を、腰抜けの自分を、卑怯な自分を、消して消して消し尽くす、その為に俺は左脚を捨てたんだ。)

 道に転がっていた石を、苛立ち混じりに義足で蹴り飛ばす。『家にまだ酒は置いてあっただろうか』そんな事を考えながら、アルフリードは日の当たらない道をひっそりと歩いていった。


 ————————


 カタリと出会ってから四日が過ぎた。

 あれから特に何も起きていない。流石にもう大丈夫だろうという事で、俺は久し振りに図書館を訪れていた。

(あの時はカタリに邪魔されて途中までしか読めなかったからな…今日は思う存分…)

 まだ見ぬ展開を思い描き、俺は少しにやけながら扉を開ける。


[ようこそ!ノービッシュ図書館へ!]

 入り口に置いてある端末からおなじみの声が聴こえてきた。なんでも"バーグさん"とかいう創作支援AIで、『支援対象が昼間働きに出てて暇だから図書館の受付をしている』らしい。随分人間臭いAIだ。

「バーグさん、四時間だ。」

 この図書館は利用者が多い。だから、際限のない利用を防ぐ為に利用者は予め利用時間を申告する事になっている。

[あっ…な…!…はい!かしこまりました!ごゆっくり読書をお楽しみ下さい!]

 随分気になる反応が挟まったが、まあ元よりAIらしくないAIだ。こういう事もあるだろう。


 足を引きずりながら中を進み、目的の本がある書架へと辿り着く。


「おじさん、こんにちは。」


 不意に、背後から聴き覚えのある声がした。背中を冷たいものが走る。

「…誰だお前は。俺に何の用だ。」

 平静を保ち、シラを切る。確かに喪眸バニッシュは発動していた。こいつが俺の事を覚えている筈は無い。

「用…っていうか、少し話がしたいんだ。あ、利用時間が終わってからでいいよ。…じゃあ、僕待ってるから。」

 そう言い残すと、カタリは背後から去っていった。その騒がしい足音が止んだ事を確認し、俺は目的の本を手に取って一先ず席に着く。…まあいい、今は取り敢えず久し振りの読書を楽しもう。


 ————————


「…ハッ…クション!」

 自分のくしゃみで目が覚める。どうやら、いつの間にかベンチの上で寝転がっていたらしく、辺りは真っ暗だ。

「うう、寒い。…あれ?僕何でこんな所に居るんだっけ…。トリ、なんか知ってる?」

「…」

 トリに尋ねるが相変わらず何も喋らない。思い返せば、"詠目ヨメ"を貰った時以来こいつが喋ってる所は見た事無いかもしれない。

「…まあいいか!さーて今日はどこで寝よっかなー。」

 難しい事は明日考えればいい。旅を続ける為の大事な心がけだ。


 翌日、案内板を見ていると興味深い建物を発見した。

「へー!この町には図書館があるのか…!ちょっと行ってみよう!」

 僕は、本…というより、本が内包する物語自体に興味がある。その物語が生まれるまでの経緯、作者の思い、人生観に思いを馳せる事で、単なる紙の束以上の価値を本に与えるのだと、詠目ヨメを得た事でそれに気付いた。

「さあ、今回はどんな本に出会えるかな〜!」

 そして。軽くスキップをしながら僕は図書館へと向かったのだった。


[ようこそ!ノービッシュ図書か…あ!貴方昨日うるさくしてた方ですね!?いけませんよ!図書館では静かにしないと。]

 まさか図書館の入り口で、喋る機械に怒られるとは思ってなかった。

「えーっと…僕、ここ来るの初めてなんだけど…。」

[え?頭大丈夫ですか…?私の記録によると、貴方は昨日ここを利用されてる筈ですが…。]

 機械はそう喋ると、画面に映像を表示させた。

(なんだこの映像。左下の数字から考えると、昨日の図書館…?あれ?そういえば昨日の昼間何してたんだっけ僕。)

 すると、急に画面に自分が映った。少しビックリ。

「僕だ!なんか知らないおじさんと話してる…あ、一緒に外に出た。ねぇ、これ以上無いの!?」

[図書館の外に居る人なんか知りませんよ!貴方は頭がよろしくないのですか?]

 むすっ。

「んんんんん…はぁ、もういいよ。じゃあこのおじさんの事は?何か分かる?」

「分かりますよ!この方は毎日図書館を利用してくださってる常連さんです!今日はまだ見えられてないみたいですが…」

「……!うん、ありがとう!ええと…」

[バーグです!気軽にバーグさんと呼んでください!]


「バーグさん!僕これから毎日ここに通うから、よろしくね!」


 ————————


「…という事だよ、おじさん。」

 図書館のすぐ側にあるベンチに二人は腰を下ろしていた。夕日が空を赤く染めている。

「なるほどな…お前が待ち伏せていた所に、俺はまんまと踏み込んだ訳だ。」

「あ、カッコいいねその言い方!待ち伏せかぁ。」


 あの時と同じ場所、同じ位置、唯一違うのは、カタリがゴーグルをかけている所。

「で、俺を捕まえて何の話をしたいんだ?」

「えーっと…単刀直入に言うね。おじさん、でしょ。」

「…魔眼?何だそれは。」

「僕はここ数日、ずっとおじさんの事を調べてた。でもね、誰もおじさんの事を知らないんだ。名前も、どこに住んでるのかも、何をしてるのかも。分かったのは、毎日図書館に居るって事だけ。明らかに不自然だよ。」

「それはそうだ、俺はつい最近この町に来たんだからな。」

「バーグさんが図書館で働き始めてから二年。おじさんを見ない日は無かったらしいよ。」


「…ガキ。」

 アルフリードはカタリの顔を掴む。

 無理やりこちらに目を向けさせ喪眸バニッシュを発動。だが

「やっぱり、だね。」

(効いてない!?馬鹿な…眼鏡やゴーグルは効果がない筈…いや待て)

「…そう。僕も魔眼持ちだよ、おじさん。このゴーグルは魔眼の暴発を防ぐ為に、トリがくれたものなんだ。中から防げるって事は外からも防げるでしょ?」

 カタリの言葉を最後まで聞いたアルフリードは、力なく腕を落とした。喪眸バニッシュが通じずネタも割れている以上、もう打つ手は無い。

「お前の目的は何だ?金か?そう言う事なら他を当たって…」

「おじさんが主役の本を作らせてよ!」

 あの時と同じ台詞。

「理由…は前回聞いたな。どうやって作るんだ?取材するにしても、俺から言える事なんてたかが知れてるぞ?」

「あ!その辺は大丈夫!僕には詠目ヨメがあるからねー!」

 そう言うと、カタリはベンチから少し離れてゴーグルを外した。そしてアルフリードの全身にゆっくりと視線を這わせる…すると

「な…何だ?」

 バサバサバサと、アルフリードの身体から剥がれるように、ページがカタリの前に集まっていき…そして、一冊の本が出来上がった。


「…ふぅ。どう?これが僕の魔眼、詠目ヨメだよ!」

 呆気にとられたアルフリードをよそに、カタリは続ける。

「あ、勿論個人情報は伏せられてるから安心して!単におじさんの人生をベースにした物語ってだけだから。こうやって本を作りながら、その物語を必要としている人に届けるのが僕の仕事。郵便屋ポストマンもその一環なんだ!」


 カタリの話が終わると、ふぅーっと大きな溜息が一つ。

「…俺の負けだよ、。」

 そしてスッキリしたような顔で、アルフリードはそう呟いた。

「だが、それを一番最初に読むのは俺に譲ってくれ。一応確認しておかないとな。」

「あ、そうだね…はい!じゃあどうぞ!」

 そして、カタリが本を手渡そうとベンチに近付いて行く…それをアルフリードは見逃さなかった。

「そういう所はまだ子供だな。カタリは。」

 差し出された手を手繰って顔を寄せ、目を合わせる。カタリはゴーグルを外したままだった。

「う…あ…」

 ドサリ。


(悪いな。)

 本に手を伸ばす。後はこれを自分が持ち去ればどこにも痕跡は残らない。

(……『その物語を必要とする人』か。)

 自分から生まれた本をページをパラパラと捲る。タイトルは『逃げる男』。

「…はは、誰が読むんだよ。こんなの。」

 パラパラパラパラ、そして、結末でページを捲る手が止まった。


「ダッセぇなぁ…俺。」

 そう呟いたアルフリードは数秒本を見つめると、タイトルの部分を持っていたナイフで削り始めた。そして、カタリのバッグに入っていたペンを手に取り…本を元の場所に戻したのだった。


「じゃあな、カタリ。縁があったらまた会おうぜ。」

『明日はAIのお嬢さんを注意しに行こう』そんな事を考えながら、彼はその場を去って行く。足を引きずりながら、でもどこか軽やかに、夜の闇へと消えていった。


 ———


「…ハッ…クション!」

 自分のくしゃみで目が覚める。いつの間にかベンチで眠っていたみたいだ…いつ…?戸惑いながら目をこすると、頭の側に一冊の本が置いてあった。

「なん…だこれ?こんな本持ってたかな…。ねぇトリ、なんか知ってる?」

「…」

「…まあ、いいか!さーてこの町ともそろそろお別れしようかなー!」

 ベンチから立ち上がり、全身に光を浴びるように軽く背を伸ばす。そして慌ただしい足取りで、僕は光の差す方へと歩いて行った。


 無造作にカバンに放り込まれた本の表紙には、『アルフリード(仮題)』。そう、書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(仮題) @hatomugi_x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ