ありきたりな恋物語を…

牙桜

放課後にチョコを

 今日は俗にいうバレンタインである。

 僕は別にモテるだなんて自惚れてないから、チョコなんてどうせかあさんからしか貰えないとわかっている。


 なんて悲観に暮れつつ、ベッドから出た。

 ちょうど1階に降りたタイミングでかあさんは玄関で靴を履いていた。

 朝は早い母は靴を履きつつ「テーブルにチョコ、置いておいたわよ!」と振り返りながら、眩しいほどの笑顔でサムズアップしてきた。


 会社に向かう母を見送り、リビングへ行ってテーブルを見てみると朝食の隣に、かあさんらしい、可愛いラッピングまでされたチョコが置いてあった。

 いい加減こういうのが恥ずかしい年ごろではあるが、ここにいもしないかあさんに文句は言えないので、大人しくパンを食べ終えた後に齧りながら着替えを始めた。

 なんとも胃袋を掴まれているようで、自分の最近の好みである少しビター風味なチョコだった。

 そうして食べながらの着替えが終わったタイミングでインターホンが鳴った。朝にわざわざ家に来るのは一人しかいない。

 最後の1個を口に放り込み、鞄を抱えて僕も家を出た。


 案の定待っていたのは幼馴染だった。

 ひょっとしてチョコをくれないかな、と思ったがそんな様子もない。「早く行くわよ」と急かされながら玄関の鍵を閉め、一緒に通学路を通った。



 学校に着き、各々自分の下駄箱へ行った。もしかしたら…なんて期待をしてしまったのだろうか、案の定そこには自分の上履きしかなかった。

 靴から履き替えて、隣のクラスまでまた一緒に歩いて行った。



 言わずもがな、机の中をちらっと見てしまった……

 こればかりはしょうがない、男の性分だ。


 ご想像の通り、何もなかったよ。



 朝のホームルームで、毎年恒例のように先生にチョコが見えないようになーという先生。ダメだと言わない辺り、まだ若い先生もそういうことがあったんだろうなと思う。


 その後も、休み時間の度に渡し渡されるチョコが沢山あった。隣のクラスや違う学年の子までクラスの入り口に来ていたりしていた。

 …あいにく同じクラスでもそう友達のいない僕は、ましてや他のクラスや学年にチョコをくれるような人はいなかった。



 そして、放課後。帰宅途中の道で事件は起きた。

 今見えている角を曲がったら、あとは僕の家までまっすぐ、というところで、いつものように一緒に帰っていた幼馴染の足が止まった。

 少し後に気が付いた僕は立ち止まって振り向いた。


 顔を俯けていた。何かあったのかと近寄ろうとした瞬間、幼馴染がいきなり両手を向けてきた。

 そのまま僕は押し倒される形で尻餅をついた。

 幼馴染は顔を手で隠すようにしながら、角を曲がって走り去っていった。


 一体なにが……と思い立ち上がったら、何かが落ちた。

 歪にリボンで巻かれた、同じく歪んだ箱だった。

 恐る恐るリボンをほどき、開けてみると、やっぱりおかしな形をした、黒い何かがあった。

 もしかして、さっき押された時に?まさか僕に?

 そう思いながら齧るチョコは、きっと砂糖と塩を間違えたのだろう、からい味がしたが、とてもおいしかった……

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