詠み人
まっ茶。
詠み人
深夜3時。誰もが寝静まる真夜中の空。高速で飛ぶ梟に人が乗っていた。背中に乗る人は短パンを履き、カーキの上着を着ている。ふわりと舞う天然パーマが速さを感じさせない。肩のバッグが少女と不似合いに膨れ上がっていた。
少女?いやいや僕は男だよ。華奢な美少女とは僕のことだ。照れますね。
春とはいえ深夜。夜風が身に染みる。短パンから出た足が寒いので梟―――トリという―――の羽に身を填めた。
「あとどのくらい?」
「後少しトリ」
昼間と一変し静かな空に僕らの声はよく響いた。
「到着トリ」
それは郊外の一軒家だった。手入れがされているようで、門の中の庭に花が咲いている。今日の依頼人のイメージにピッタリだ。
トリの背中から降りると、トリは小さな人形に変形しカバンにくっついた。本人いわく「大きいと人に殺されてしまうトリ」だそうだ。僕の目の前に現れた時は大きな着ぐるみだと思ったと言いたい。呼び鈴を押す。
「こんばんは。リンドバーグさんのお宅ですか?」
「はい!そうです!
「ええ」
なんとも形容し難い透き通った声に戸惑い、無愛想に返してしまう。写真で綺麗だと思っていたが声まで美しいのは反則だ。
「何照れてるトリ」と鼻で笑うトリの声に「うるさいなぁ!」と小声で返した。
間もなく、どうぞと聞こえた。
現れたのは端末に映し出されたリンドバーグさんだった。電子の存在だったことに呆気にとられた。それを見て彼女はふふっと笑った。
「あなたが、リンドバーグさん?」
「カタリィ・ノヴェル様!初めまして!お手伝いAIのリンドバーグです!」
ぺこりとお辞儀をした時に頭から落ちそうになるベレー帽を直す仕草に可愛いですね!と返したくなるのを堪える
「私の事は是非バーグとお呼びください!」
彼女は挨拶を続ける。
「詠み人様!私の物語を作者様にお届け下さい!」
「任せて下さい!」
彼女の熱におかされ見栄をはった。
「できる?」
小声でトリに尋ねる。
「わからずに言ったトリ?」
ボソリと言われ返事に困る。
「見栄っ張り」とトリがまたしても鼻で笑った。「うるさいなぁ」と照れながらまた小声で答えた。
「なるほど、それで依頼したんですね」
彼女のいう作者様とはご主人様みたいなものらしい。作者様は名を藤田といい、物書きだそうだ。だから作者様なのか。納得。その藤田さんは今の作品を最後に筆を折る。今は取材の旅に出掛けており明日帰ってくる。明日というか今日なのだけれど。だから記念に彼女自身の物語を読ませたいというのだ。健気で可愛らしい理由だ。けど1つ気になることがある。実はAIに詠目をつかったことがないんだ。
ちらりと彼女を伺ってみる。AIは僕と目を合わせず真っ黒の瞳で俯いた。黒い瞳は発光する画面に不似合いに闇を作った。
彼女の悪い気を察し、話題転換を試みる。
「藤田さんの小説読んでみたいなぁ」
「えぇ!もちろん!作家様はとても素晴らしい小説を書かれるのです!」
快く返答が帰ってきた。彼女はサッと本棚の場所を指示し、的確に本の位置を言い当て、3冊の藤田作品が用意された。
「これが私のベスト3です!」
「ありがとうございます」
どれにしよう。迷ったあげく、1番薄くて読み易そうや本を取った。なんせ僕は詠み人になるまで活字を読む人間でなかった。
「ダメです!作家様の本は後!先に詠目を!」
彼女は叱咤した。
「作者様はあと4時間もしたら帰ってきますよ!」
そうだ。藤田さんが作家でないならばAIはもう必要なくな?。藤田さんが帰ってきたら彼女はデータを消去されてしまうのでは。彼女はそれを察しているのでは。悲しい予想が滲む。
彼女の目の前に立ち、振り切るように掌を合わせた。トリによれば書きたい思いと言葉があれば大丈夫らしい。
「では、始めます。『
そして、親指と人差し指で額縁を作りそれを左目で覗く。見るとそこに人型のバーグさんがいた。詠目の力によって足元からゆらりと風が吹く。彼女の銀の髪が揺らいでいた。
いける。
そう確信した。
と同時に彼女が大量の紙とインクに変貌を始める。いつもその紙とインクでその人の物語が書かれる。額縁の中からそれら溢れ出る錯覚に陥る。普段はこの時、紙とインクの眩しさで目を閉じそうになる。しかし今は違う。全く眩しくない。溢れ出る紙とは対照的にインク出てこなかった。そのせいか彼女はインクのように黒く黒く光っていた。彼女が全て紙へと変わると詠目は終わり。出来れば終わって欲しくないと思った。が、その思いは虚しく詠目は終わった。もう一度掌を合わせ終了。どさりと彼女の前に1冊の本が落ちる。これが彼女の物語だ。分厚い本だった。
「是非!読ませてください!」
軽快な声が無情も室内に響く。もし僕の予感が当たればこの中身は真っ白のはずだ。
―――予想は大当たり。真っ白の本がそこにはあった。紙で指が切れた痛みのように心臓が痛む。彼女に見えるよう本を持ち上げた。
「すみません」
何よりも先に謝罪が出た。
彼女は衝撃受けたのか無言だった。
「トリ!なんで真っ白の本なんだよ」
小声でトリをつつく。
「彼女には書きたい言葉がなかったからインクが出なかったトリ。」
トリの理論に閉口した。
「依頼はこなした、仕方がないトリ」
そう言うとトリは喋らなくなった。
やっと理解が追いついたのか彼女が話し出した。
「大丈夫です!私はAI。作者様が帰ってきたら直接お礼を言います!筆を折らないかもしれません!作者様には優柔不断なところがあるんです。いい文を書いても納得行かないとか言って没にしてしまうのですよ。でも、最後には最高のを書くのですけど!あ!これ本日のお礼です!」
一気に捲し立て、しまいに計8冊の藤田さんの本を用意した。
「じゃあ、この本とあなたの物語は頂いていきます。本日のお代は結構です。では」
僕は気まずさに早く去ろうとっした。
彼女がこちらを見つめた。負けじと見つめ返してみるが黒い瞳に呑まれそうで目をそらす。ふふっと彼女が微笑み、「それではありがとうございました!」と言った。それを最後に、僕らは日が昇りそうな白い空へ羽ばたいた。
藤田さんの小説は彼女に書かれていた。あまりに幸せで美しい景色がいた。家から出られないAIに届けようとしていた。彼女のための小説。詠目の本と似ている。筆を折っても藤田さんは彼女を捨てないだろう。
そして僕には分かってしまった。
彼女には伝わらない。
青空を青いと言われてもわからない。雪は寂しいってどうしたら伝わるのか。頑張っても澄んだ空気の冷たさを感じられないんだ。藤田さんの言葉が美しすぎて幸せだけが虚しく伝わっていた。今の朝焼けも伝えれば苦しめるのだろう。
1冊を家に着く前に読み切った。ぼやける視界に太陽光が反射して痛かった。
そして今日彼女は死ぬ。
僕と外に行こう。
彼女の家の前にいた。隣には50半ばの上品な男性がいた。彼は僕とトリを見た。
「詠み人かい?」
「えぇ、そうです」
「帰れ」
食い気味に帰れと言われて、
「帰りません!」
売り言葉に買い言葉。大音量で返した。
「帰れ!」
「帰りません!」
「あ!カタリィ・ノヴェル様!?作者様!おかえりなさい!いつも、遅いのですから。」
タイミング良く彼女が現れた。彼女の声に黙る。
「ただいま」
男が優しく彼女に話しかけた。この人が藤田さんか。二人の間で完全に僕は空気だった。
「僕はカタリィ・ノヴェル。詠み人です。」
一息おく。
「バーグさん一緒にい行こう!」
返答はない。
「僕と旅をしよう!」
「ダメだ!」
先に答えたのは藤田さんだった。それはもうご立腹な様子だ。深に刻まれたシワがより濃くなっていた。彼女の元へと居間へと直行した。遅れまいと僕も追う。
「詠み人は作家の敵だ!くるな!連れていくなんぞ言語道断!」
作家の敵という言葉がずしりと乗しかかる。詠み人がいれば最高の物語が綴られてしまう。作家という職業はなくなってしまう。分かってる。けど、今は彼女を連れ出さなくては。
「僕と行こう」
再度呼びかけてみる。
「僕の携帯に入ればいい。空を見よう。街を見よう。朝日を見よう。」
キザな言葉に段々と頬が赤らむのを感じる。
「ふふっプロポーズみたいですね!」
藤田さんの手の中で端末の彼女が笑う。羞恥心が限界だった。
「作者様。プロポーズの日は全身の細胞が新しく生まれ変わ。何よりも幸せな気持ちになれる」
力強く藤田さんは頷いた。
「私は今そんな気分です!」
がくりと項垂れた藤田さんの様子がわかった。ブーと僕の携帯電話が揺れた。
「ねぇ、バーグ。詠み人は作家の敵かな」
帰り道、青空の下、呼びかける。最初に朝日を見せたかったけれど太陽はとっくに登っていた。
「敵ではないと思いますよ!数が違います!」
グサリと力のなさを間接的に指摘され落ち込む。
「作家が多すぎるんじゃない?」
皮肉だ。悔しくて皮肉で返さないとやってられない。
「あ!素敵です。今のが皮肉ですね!なんとも形容し難い!」
ごにょごにょと続ける。バーグの目は黄金色に輝きを増した。空に浮かぶ星のようだ。
「うるさいなぁ!」
たまらずに大声で叫んだ。
バーグが敵じゃないって言うならそれでいいと思った。ふふっと笑い声と青空に似合わない梟の鳴き声が空に浮かんだ。まるでそこは明るい夜空のようだった。
―――バーグとカタリがとある小説サイトにかかわるのはまた別の話―――
詠み人 まっ茶。 @hAppy__mAttyA
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