ガチで婚活三十路前 〜オカマの姉ちゃん恋をする編〜
trente
昨日霜田さんに話を聞いて頂き、二十歳を過ぎて尚も成長する弟にプチ感激した私の精神状態はほぼ正常に戻っていた。そして姉の彼氏宅への入り浸りもようやく治まり、今朝は仕事を終えて普通に帰宅してきた。
「ゴメンねみんな、今日からはちゃんと家事するから」
と姉。いやいや普段誰よりも頑張ってんだからたまには良いじゃない。
「うん! 僕はる姉ちゃんのご飯が恋しいよ~!」
「ホント? じゃあ今日はふゆの好きなの作ってあげる」
「んじゃ豚汁は絶対ね〜。あとはハンバーグ、チーズ入りで。それから麻婆茄子とぉ、ナポリタンとぉ、ポテトサラダとぉ、卯の花も食べたいな〜。それからそれから……」
と延々リクエストが続いていく。おいそれ全部今日食いたいのか? 量的にも凄いし食べ合わせも無茶苦茶だな。最後の方『ポテチ』って言わなかった? それはコンビニかスーパーで買ってこい。
「じゃあ今晩は豚汁と卯の花作ってあげる。あとは明日以降でもいい?」
うん! 冬樹はすっかり上機嫌で秋都が作ったサンドウィッチを頬張ってる。私に言わせれば秋都の料理の腕もかなり上達してるんだけどなぁ。
「なつは? このところ残業が続いてるみたいだけど……ちょっと顔が疲れてる」
最近なかなか顔を合わせられてなかったのに、私の健康状態をちゃんと気に掛けてくれてる。
「うん、仕事のやり方が変わっちゃって」
「そう、じゃあお野菜摂りましょ、サラダよりは炒め物の方がビタミンの吸収がし易いから。忙しい時にゴメンね家空けちゃって」
「大丈夫よ、たまには良いじゃない」
「うん、ありがと」
姉の頬がほんの少し紅く染まる。これは確実に新たな男が出来ましたな。今回は珍しく大きな変化は無いようだけど……ひょっとして同業者なのかな?ホストとかバーテンダーとか。ホストならもうちょっと変化が見られるか? だとしたら美容師の方が近いかな?
「ごちそうさま~、今日は午前中だけだからお昼食べずに帰るね〜」
冬樹は流しに食器を入れてダイニングを出ようとする。まだ足引きずってんな。
「じゃあその時にナポリタン作るね……それよりふゆ、足どうしたの? お姉ちゃん送ってあげようか? 昨夜は飲んでないから」
「大丈夫〜、今日はゼミの同級生が送り迎えしてくれるから。んじゃ支度してくる~」
冬樹はそのまま二階に上がって私は姉と二人きりになった。普段なら世間話の一つでもするところだが、今日はどちらからも話を切り出さない。私は黙ってサンドウィッチを食べ切り、ごちそうさまでしたと席を立つと……。
「なつ、帰ってから時間取れない?」
「うん、大丈夫よ。今日は絶対定時に上がるね」
「分かった、あきと私は仕事休みだから。四人揃って夕飯食べよう」
姉は何かを隠すような笑顔を見せた。
そして戦場に到着した私は始業時間を待たずに仕事を開始する。他の皆はブレイクが取れない影響でここでまったりとした時間を過ごし、最近では始業ギリギリまで出社してこない同僚もチラホラ見受けられるようになってきてる。
「夏絵ちゃん、只でさえ残業続きなんだから無理しちゃダメだよ」
と弥生ちゃん。
「大丈夫よ、今日だけだから」
「そっか、そうだよね。こんなのずっと続けてたら倒れちゃうもんね」
うん、弥生ちゃんは子供の頃入退院を繰り返してるそうだからアナタはこんなことやっちゃダメよ、本音言えば休日出勤だってキツイはず。彼女は私の分のお茶と手作りのクッキーをそっと置いてくれた。私はお茶だけ先に頂いてから仕事を再開し、お昼休憩まで一度もトイレに立たずひたすらパソコンに向かっていた。
「今日はすみません、お先に失礼します」
私は姉に宣言した通り定時に仕事を終わらせ、さっさと帰り支度を済ませて戦場を出る。
「「「「「お疲れ様でした」」」」」
他の皆は残業覚悟なのでそのまま仕事を続けている。
「夏絵さ~ん、また明日ぁ」
睦美ちゃんはいつもの通り明るい笑顔を見せて手を振ってくれる。水無子さんと弥生ちゃんも顔だけこちらを向けてくれた。背中を向けてはいるけど係長も手を上げて労ってくれた。
「うん、また明日」
私は皆に向けるつもりで睦美ちゃんに手を振り返したが……。
「八木君、遊びじゃないんだ」
「遊んでませ~ん。挨拶で~す」
ミミズ課長の要らんひと言に彼女はそれだけ言い返してひたすらパソコンに向かおうとしたが、それが気に入らなかったのか君さぁ、と二年目社員に食って掛かる。ふぅ、小物め。
「社会人としての自覚はあるのか?」
「社会人としての自覚って何ですかぁ? これまでスムーズだったシステムをわざわざぶち壊して残業を強いることですかぁ?」
睦美ちゃんはパソコンから視線を外さず作業の手を止めない。こういう時普段なら水無子さんか係長が注意をするのだが、残業してる時点でお説教されては更に時間がずれ込んでいく。
「それが上司に対する口の聞き方かぁっ!」
戸川とかいう元同級生並みに沸点の低いミミズ課長の怒鳴り声に全員の作業が止まる。大声が苦手な弥生ちゃんに至っては手元が狂って操作ミスをしてしまったようだ。
「あぁ……」
彼女にとってはダブルパンチ的出来事にパニックを起こしてしまっている。
「どうした三井?」
主任が部下の異変に気付き声を掛ける。こういう時の彼は冷静に周囲をきちんと見ていてサッとフォローに回ってくれる。
「すみません、手元が狂ってしまって……」
弥生ちゃんは普段こんなミスをしない、むしろみんなのフォローに回る縁の下の力持ちタイプだ。私はこのままみんなを放置して帰る気にならず、主任のデスクに座って作業を再開する。
「夏絵さん、用事の方は大丈夫なんですか?」
と仲谷君。
「う~ん、そうでもないんだけどさすがにこれは放置出来ないよ」
幸い主任の作業は私とほぼ同じシステム、これまでだって何度となくお互いの作業はフォローし合ってきてる。
「五条、お前は帰れ」
「さすがにこんな事になったら帰れませんよ。そちらが終わるまでのことですから」
「ちょっと時間掛かるぞ、すまないがそれまで頼む」
「分かりました」
「ゴメンなさぁい、夏絵さぁん」
睦美ちゃんは悲しそうな表情で私に謝ってきた。個人的感情論になるが、私は睦美ちゃんが悪いとは思っていない。きっかけは与えたかもだが、この事態を招いたのはミミズだ。
「私は睦美ちゃんのホンワカしたところ好きよ」
「夏絵さん優しすぎですぅ。弥生さんもゴメンなさぁい」
睦美ちゃんさすがに反省してるみたい。言葉遣いに多少問題はあるけど決して無責任で自分勝手な子ではないのだ。
「ちょっと間が悪かったかもだけど、ミスをしたのは私自身の責任だよ」
弥生ちゃんはまだ尾を引きずっているようで表情が固い。ここは一旦ブレイクを取った方が……。
「三井、今のうちにブレイクしてこい」
と係長。普段の彼女の仕事振りを考えたら異常事態だもんね。ここの中間管理職お二人はちゃんと部下のキャラを把握出来てる、係長は年度始めに異動してこられたばかりでここまで馴染めてる。かたやミミズはこの二ヶ月一体何を見てきたのだろうか?
「で、でも……」
多分主任の仕事を増やしてしまい申し訳無く思っているんだと思う。でも普段ならアナタがみんなを助けてるんだよ。
「変な責任は感じなくていい、普段はむしろ助けられてるんだから気にするな」
「はい……」
弥生ちゃんは係長に促されて一旦戦線離脱する。睦美ちゃんもデスクに戻って作業を再開していた。
「課長、何もなさらないのでしたらお帰りください」
「何を言ってる、監督責任者の私が帰宅しては意味が無いだろう?」
「今日は社長がいらっしゃいます、どうぞお気遣いなく。それに正論返されたくらいでいちいち怒鳴り散らされてはかえって仕事が滞ります」
「それはコイツが悪いんだろ! だからやむなく……」
ミミズは一生懸命作業をしている睦美ちゃんを指差してる。年下相手とは言えここは職場、『コイツ』呼ばわりは頂けない。やっぱりお前小物だわ。
「『やむなく』が全てまかり通ったら警察なんて要らないんですよ。例え部下でも人を指差す行為は社会人の自覚ある人間のする事ですかねぇ?」
「貴様上司に楯突く気かぁっ!」
もうっ! またこの展開かよ! さっさと帰れオッサン!
「あーもうっ! いい加減うっさいわっ!」
「「……」」
あっ、やっちまった……ゴメンなさい、皆さんの作業を止めてしまいました。
「夏絵さ~ん」
ごめん仲谷君、机揺れたよね? 電源落ちた?
「本領発揮すね」
「ごめん、やっちゃった……データの方は?」
「全然、問題無いっすよ」
なら良かった。私はちょっとだけ大人し目に座り直す。
「夏絵さんカッコイイ~」
む、睦美ちゃん……今それはどうだろう?
「おい八木、今それはダメだろ」
係長は部下の言葉をたしなめてる。まぁ第三の低温沸騰が起こっても面倒いからね。
「すみませぇん、係長ぉ」
睦美ちゃんはしおっとして首をすくめ、三度作業を再開する。係長もデスクに戻り、ミミズは口をポカンと開けて固まってる。だからそうしてる暇があったら帰れっての、まぁ今後一切無視させて頂くが。
「すみません係長」
「まぁ……三井が居なかっただけ良しとするよ。こうなるまで手を打たなかった私にも責任はあるからな」
私も睦美ちゃん同様に首をすくめてしまったところで……。
「お~い、経理課また残業かぁ?」
とシャツの襟元を着崩してる事で見え隠れしてるゴールドのネックレス、明らかにサラリーマンが勤務中に付けないであろうデザインリング、ブレスレット、ピアスを付けたホストの乱入もとい社長のお出ましに全員が固まった。
「「「「「しゃ、社長っ!!!」」」」」
となってる中ただ一人図太いのが……。
「ホスト社長ぉ、お疲れ様で~す」
うん、君はそういう子だ。
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