trente et un
「おい誰がホストだ?」
「え~、だったらもっと社長っぽくしてきてくださいよぉ」
これが我が社社長と二年目社員との会話です、一般的な会社でこのようなことはまず有り得ないけど、何故か“海東文具”では一切お咎めはございません。
「俺ぁああいった固っ苦しいのは性に合わねぇんだよ、仕事ん時くらい別に良いだろうが」
毎度思うが社長のその発言結構変ですからね。この人こそ遊びに来てるのか? と言いたくなる。ミミズは他地方からの転勤組とは言え本社勤務経験もあるし、それくらいは知っているはずだから睦美ちゃんへの発言はむしろ違和感を覚える。
「仕事で社長っぽくしなきゃどこで社長っぽくなさるんですぅ? 私の方がよっぽど社会人らしくしてるのに、挨拶しただけで『遊んでる』って言われるんですよ~。毎日毎日残業でそんな暇ありませんってのぉ」
睦美ちゃんは社長のお出ましで石像状態となっているミミズを睨み付けている。時々思うけど君結構喧嘩上等タイプだよね?
「おぅそうだな八木、その事なら報告は受けてるぞ。
ホストもとい社長が
「えっ! 私は何も……」
「あ"ぁ? ここの責任者お前だろ? 『何も……』って仕事しに来てんじゃねぇのかよ?」
「いいいいいえっ! そういうことでは……」
何だ? 最近霜田口調が蔓延しとるようだな。
「社長、その前に五条を帰宅させてやってください。もう直戻ってくると思いますが、
係長の報告に社長の表情がどんどん険しくなっていく。この二人同期入社ですからね、さっき『何もしてない』と仰ってたけどそんなこと無いじゃないですか。
「んだとコラァ、三井の事は最初に言っただろうが。……チッ、九州でそれなりに頑張ってきたから希望通り本社に戻してやったってのに何だそのザマはよぉ! 俺の顔に泥塗る気かてめぇ!」
「いえ社長! 私はただ……!」
「てめぇの言い訳なんざどうだっていいんだよ! これまで残業ゼロで成果を上げてきた経理課が何でこんな事態になってんだ? その説明をしやがれクソ野郎が!」
「社長、それは後にしてください。先ずは五条を……」
う~ん、もうちょっとミミズへのざまぁ展開見てたかったけど……っと思ってたら結局一時間以上の残業じゃない! これじゃ普段と変わらない、どころか早く始めた分それ以上になっちゃったよぉ~。
「もそうだが今日は全員上がれ、これ以上の残業は不毛すぎるわ。申し訳ねぇが一人一日休日出勤頼む。三井、体調はどうだ?」
お帰り弥生ちゃん、今日は全員帰宅命令が出たよ。
「はい、もう大丈夫です……皆さん申し訳ございません、私のミスでこんな事になってしまって。それに夏絵ちゃん、私あなたの頑張り不意にしちゃった」
何一つ悪くない弥生ちゃんがみんなの前でペコリと頭を下げる。
「弥生さんは何にも悪くないですぅ、むしろ私がぁ……」
「睦美ちゃん、さっきも言ったよね? ミスをしたのは自分自身の責任だよ」
弥生ちゃんは本当に優しい子だから、何があっても絶対誰かのせいになんかしない。だから睦美ちゃんだって自分の発言を振り返り、良くなかったと思えればちゃんと反省も出来る冷静さを取り戻せるのだ。
こういったトラブルは誰か一人のせいではない。自分は悪くない、誰それのせいだと主張すればするほど相手も拒否反応を示すものだ。かと言って自己否定をすればいいものでもなく、その場にいる全員の歯車が噛み合わなくなっていただけで、誰かを戦犯にして糾弾したところで解決するような問題ではないのだ。
一個の歯車を責め立てて時計は動くようになるのか?いくら新しいからと言って規格に合わない歯車を強引に取り付けて修理と言えるのか? 時にはメンテナンスも必要だし、機能しなくなってから慌てるのは企業運営としては致命的だ。それでも何の問題も無いのに手柄欲しさに用も無くいじくり回すのはかえって物事が滞る。
時と場合によって選択肢は変わってくるだろうが、今回に限って言えば職場としての機能ではなくエゴを優先したってだけの話。不要なメンテナンスが悪影響を及ぼした、それだけのことだと私は思う。
「五条、休日出勤なんだが」
「土曜日でなければ。わがままを言えば祝日の月曜日が一番都合が付けやすいです」
「分かった。んじゃ代休は木曜で」
それぞれ休日出勤の日取りが決まり、今日は社長命令で全員そのまま帰宅した。
「ただいまぁ……」
今日はマジで疲れた、お姉ちゃんの話聞ける元気あるかなぁ?
「お帰りなつ、お仕事お疲れ様」
「ゴメンお姉ちゃん、結局遅くなっちゃった」
「大丈夫よそんなの。それより先にご飯でいいの?」
うん、兎に角お腹空いた。
「なつ姉ちゃん遅いよ~、僕お腹と背中がくっ付きそ~」
「ほぅ、ならくっ付けてみやがれ」
冬樹よ、今日はお前と絡む元気残ってないわ。
「え~んなつ姉ちゃん怖いよ~」
「止しなさいふゆ、なつだって疲れてるんだから。あき呼んできて」
はぁい。冬樹は二階に上がって秋都を呼びに行く。
「あき何やってんの?」
「国語ドリル、あれお気に入りみたいなのよ」
あぁ今日もやってんだね。学校に通ってた当時からあの手の物はきちんとやってきたはずなのに、恐ろしいくらい身に付かなかった秋都の学力。ここまでいくと苦手分野なんだろうが、それでも好き嫌いはあまり口に出さないタイプで、得意だろうが苦手だろうが取り敢えずはやってみる性格なのだ。
「何であの子学力が身に付かなかったのかしら? 未だに不思議なのよ。解答の書き写しを疑う先生も中にはいたけど」
「そうなの? それすらも思い付かないのに?」
へぇ、そういう素行って気付かないものなの?
「そうなんだけど、先生だからって何でも分かる訳じゃないじゃない? 教師だってピンキリよ、何せ櫻井のクソ野郎でも免許取れりゃ教壇に立てるんだから」
櫻井……一二三一派にいたせっこいチビ助か。あれ? それ牧村だっけ?まぁどうでもいっか。親も教師、ジジババも教師、きょうだいいとこも教師……教職って世襲制だったっけ?
「櫻井ってせっこいチビ助だっけ?」
「それは牧村、ノッポのもやしっ子」
「それ露木じゃないの?」
「露木はメガネ、櫻井はニキビ、一二三はエリンギ。三人共身長だけは無駄に高いの」
「よく憶えてんね、同級生でもないのに」
冬樹もそうだけど姉の記憶力もかなり立派なものをお持ちである。でないとあれだけの知識が脳内に留まってる訳が無い。
「何言ってんの、毎日毎日下校中のなつのこと付け回してんだから嫌でも憶えるわよ。ゴローとらんちゃんにお願いしてシメてもらったんだけどなかなか懲りなくてね、最終的にはノゾムさんにお願いしたわ」
ちょっと何それキモい、『愛してる』ではなく『呪ってる』ではないか。うん、私
「両親の葬式の時に来たでしょエリンギ野郎。それもあったから本当なら顔を合わせるのも嫌だったもの、懲りないって度を超すとただの馬鹿ね」
「うん、
私は先日のバーベキューでの一件を思い出しながらそう言った……けどこのこと姉にまだ話してなかったぁ。と思ったが時既に遅し、姉の表情は一気に険しくなり、あっという間に兄へと変貌を遂げていた。
「おいなつ、『この前』って何の話だ?」
あ~墓穴掘っちゃった~、もう仕方が無いけど私たちさっきからずっと玄関にいるよね? 私に至ってはまだ靴も脱いでいない。
「お姉ちゃん、後でちゃんと話すから先に着替えてきていい?」
「えぇ、じっくり聞かせてもらうわよ」
お姉ちゃん言葉は正常運転だけど目は完全にオス化してるままだから、これじゃどっちが怖いのか分かんないわ。私は笑って誤魔化しながら逃げるように二階に駆け上がり、先ずは部屋着に着替えてメイクを拭き取った。
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