treize
あれから私は満田君とちょっと親密な感じになっている。メアドもちゃんと登録してやり取りもほぼ毎日、今日は老舗の遊園地で遊ぶことになっている。
「
今日もまた姉がメイクを手伝ってくれ、前回とは違う新しい服に身を包んでいる。実は昨日同期入社の
比較的仲の良い子なので『リア充爆破しろ』とまでは思わないが、身近に親しくしてくれる男性がいない時は羨んだり妬んだり卑屈になったりと、どうしてもささくれ立って精神的余裕が無くなるものだ。今だと彼女のリア充オーラを体いっぱいに浴びて少しでもあやかろうと素直に思えてくる、人生にときめきは必要不可欠なのですね。
「今日も巻いてくれるの?」
「うん、なつは巻髪が似合ってると思うの。それなのにあんのクズ野郎
姉はヘアアイロンで髪の毛を巻きながらだんだん怒りに震えてきてる。そうなると最強キャラに変貌して誰も手が付けられなくなるので取り敢えず今は勘弁してほしい。
「お、お姉ちゃん? オス化してるから」
「あらやだ。ゴメンね、嫌なこと思い出しちゃった」
姉はサッと綺麗な笑顔で誤魔化してくれる。その代わり身の早さを是非教えて頂きたい、そうすりゃ少しはモテんのかい? まぁ今思えばあのマニアック過ぎる万年筆談義に付いていけるか疑問だし、正直なところ傷心か? と聞かれるとそうでもなかったりする。
「なつならもっと素敵な男性いくらでもいるわよ」
「そうだと良いけど……」
「今からそんな弱気でどうするの? 今日もデートなんでしょ?」
う~ん……私は気弱な返事しか出来ない。満田君も姉に惚れたりしないだろうか? あー今回はお迎えじゃなくて何処かで待ち合わせにした方がよかったかなぁ?
「ねぇお姉ちゃん」
ん? 姉は今回も綺麗に私の髪をくるくると巻いてくれる。ホント我が
「霜田さんから何か連絡あったりした?」
「ある訳無いじゃない、あったら速攻ぶち殺してやるわ」
とにこやかに恐ろしいコメントを吐きやがった。
「おはよ~なつ姉ちゃん、今日もおデートですか~?」
今日も今日とてきったないスウェット姿で自室から寝起きで出てきた冬樹。
「う~ん、デートって感じじゃないのよね、大学時代のサークル仲間だし」
「でも男と二人で出掛けるんでしょ~? 気軽なお遊びの体の割に随分と張り切ってるし~」
冬樹は私の格好を見てにまにましてる。この子腹黒なだけに一体何考えてんだか。
「身嗜みですっ、ふゆは気にしなさ過ぎっ」
「だってそこ気ぃ遣うの面倒いも~ん」
あぁそうですか……冬樹は酔ってもいないのにゆらゆらしてる、いよいよ体が心配になってくるわ姉として。
「ふゆも少しは気にしなさい、社会人になったら『面倒い』じゃ済まされないのよ」
姉はやんわりと冬樹のズボラさを指摘する。彼女は身なり重視の接客業を十五歳からしてきているし、それこそ見た目が洗練されている上層階級のオジサマをお相手してるから、身嗜みの大切さを身に染みて感じているのだろう。
「じゃあ在宅勤務出来る会社探すよ~、実際問題パソコンとかの通信機器とオフィス機器があれば態々会社に行く必要なんて無い仕事結構あると思わな~い?」
「あんたどこまでズボラなの?」
ここまで突き抜けてるともう呆れもしない。
「毎日毎日電車に寿司詰め状態になって遠く離れた会社に通ってって作業自体無駄でしょ~? 人生の半分それに費やすなんて不毛過ぎ~」
「私それやってんだけど」
そう言われると“働く”って何なのか見失いそうで怖くなってくるわ。
「だからなつ姉ちゃん偉いな~って尊敬しちゃ~う」
うん、お前が言うと馬鹿にされてる感がある。帰ってからシメてやるから覚悟なさい。私は冬樹に目でそう訴えてやるとビクッとしてへらっと笑ってきた、その手の勘は冴えてんな。
「僕まだ死にたくな~い」
「大丈夫、殺しはしないから」
「うわぁ~んなつ姉ちゃん怖いよ~」
と大して怖がってない舐め腐った口調でいそいそと下に降りていった。姉は冬樹の態度にため息を吐く。
「どこで育て方間違えたかしら?」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ、誰が育ててもあの子はああなってると思う」
「なら仕方無いかで割り切ることにするけど、お父さんとお母さんの愛情は私たち三人より明らかに少ないからね。ただスーツを一人で着られるようにはしておかないと」
そう、冬樹はボタンを留めるのが大の苦手だ。よって中学時代Yシャツを着るのにかなり苦労してた。最初のうちは段違いに留めてたり抜け目があったりなんてしょっちゅうで、姉が毎日の様にチェックしていたものだ。それを理由に体育の授業は百パーセントサボ……もとい見学で着替えを回避(しかしどうやってそんなのまかり通したんだ? とは思うけど)、高校は態々私服OKの学校を選んでボタン無しの服装で乗り切っていた。
将来を考えてYシャツに慣れる方が早いと思うんだけど、袖口のボタンが未だに留められないことを思えば苦手分野とも言えるのか。まぁ良いのかどうか分かんないけどポロシャツにするか年中半袖にするか、あとネクタイ……結べないだろうねぇ。
「例え在宅勤務を勝ち取ってもフォーマルな場でスーツは必須だもんね」
「こうなったらスパルタで覚えさせましょ」
姉の目がキラリと光る。普段は温厚だが、オス化する事も含めて何気にスパルタなところがあるので冬樹に耐えられるだろうか? まぁこれも冬樹の為、いっそ『勉強』ってことで説き伏せちゃいましょ……と思ってたらバックの中でケータイがブーブー言ってる。今動けないのよね、と思ってたら姉が手を止めてバッグごと持ってきてくれた。
「ありがとう」
姉からバッグを受け取ってケータイを取り出す。
「お相手さんかもよ、早く出てあげないと」
「大丈夫、メールだから」
まぁメールでもなるべく早くチェックはしておいた方がと思ってたら案の定満田君からだった。合流予定時間より三十分近く早いのにもう家の前に着いてるらしい。
「お姉ちゃん、一緒に行く子もう来てるって」
「早いわね、もう少し掛かるわ。どうせ冬樹に頼んでも出ないだろうからちょっと待ってて」
姉はへアイロンの電源を切って下に降りていく。ん?これまた例の展開よね? 私の頭ピンだらけの状態で出られないから出来れば冬樹に出て欲しいところだけど……姉の心弟知らずだ薄情者。それから少しして玄関から姉と満田君との会話が聞こえてきた。
『ごめんなさい、まだ支度が終わっていないんです』
『いえ、ご迷惑をお掛けしてるのは僕の方ですから』
二人は和やかちっくに会話してる、これってまさかのブルータス?
『こんにちは~、弟の冬樹で~す』
お前ホントに一流国立大学生か? 小学生でももっときちんとした挨拶するぞと思わずため息を吐いてしまう。きっと姉は心の中で泣いていることだろう……とこのタイミングでただいまぁ、と秋都の声。いやぁマジで最悪かも!
『見慣れねぇ車停まってっけど誰んだぁ? ん? どちらさん?』
それ聞く前に先に挨拶しようか弟よ。
『初めまして、満田歩と申します。今日は夏絵さんをお借りします』
『あぁ! 聞いてる聞いてる! 俺弟の秋都っす、今日は姉のこと宜しくっす』
まぁ何とも砕けた挨拶してるけど、秋都の場合なぜかあれで許されるお得な性分なのでこんなだけどトラブルはほぼ皆無だ。
『なつ姉何やってんだ?』
『あっ! まだ支度の途中なのよ!』
ちょっと待って、私のこと忘れてたの? あれから何分も経ってないのに。
『こっちは俺がするからなつ姉何とかしろって』
『んじゃ頼むわね、あき』
姉の事だからきっと満田君をお持て成ししてたんだろうなと思うけど忘れられるのはちょいと悲しいぞ。それから階段をパタパタと駆け上がってきた姉は、ごめんねぇと言いながら部屋に入ってきた。
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