第2話 帰ってきた!乙ゲー男子たち
「…い、おい」
乱暴に体を揺すられる感覚に、うっすらと目を開ける。ねぼけまなこで視界がぼやけるけれど、男の人の顔が見えた。赤い髪と金の瞳のわりかし整った―…。
「……おう?」
ここでようやくはっきり見えた。赤い髪で金の瞳、の、わりかし整ったぽっちゃり男性が、息を切らせながら私の肩をゆすっている。ゆする動きと共にたぷたぷとあご肉も揺れている。
「う、わあっ!何?!だだ誰だれ」
ばっと飛び起きて後ろに飛びすさると、男は不敵な笑みを浮かべ、なおもこちらににじり寄ってきた。彼は妙に出来のいいコスプレみたいな格好をしている。どこかの王子みたいなきらびやかな装飾が、動くたびしゃらしゃらと音を立てて揺れた。
「来ないで!ど、泥棒?!なんで私の部屋に」
パニックになる頭を何とか抑えて、記憶を整理する。
確か婚活から帰ってきて、ベッドでゲームしてたらうつらうつらして、そのまま寝てしまった。そこまでは覚えている。けれど辺りを見回すと、そこは自室と程遠い空間だった。
だが不思議と見覚えはある。これは婚活パーティで使われていた立食形式のお洒落バルだ。けれど大きく違うのは床。真っ白な床は踏みつけると、ぐに、と大きく沈み込む。まるで大きなマシュマロ、あるいは子どもの頃に夢見た雲の上に立っているような心地がした。
そうか、これは夢だ。
《言っておくが、これは夢ではない。そなたの罪を裁く儀式である》
瞬間、頭に声が響いてきた。脳に直接言葉をぶつけられているような感覚がとても不快だ。なぜ心を読まれているのか、そもそも誰が、と疑問を抱えて周囲を見回す。
先程の赤髪の男もきょとんとしているし、他にも4人の男性…1人は女性か、がいたが、いずれも声の主ではなさそうだ。
《他の者達も聞け。哀れな傀儡たちよ。》
「なんだ?この声…」
「頭に響いて気持ち悪いよおー」
今度は場の全員に向けて声が発せられる。
《お前たちは人間に作られし創造の世界の住人。そして人間を愛すよう宿命づけられし者達。これまでよく使命を果たしてきた。》
「何言ってんだ…?使命?」
赤髪の男が聞き返すも、返答はなく、今度は私に矛先が向いた。
《それが人間と来たら。彼らの愛を貪ったかと思えばすぐに飽きて別のものに移り、捨て、果ては忘れ去る。》
「待って、何のこと言ってるの?私はこの人たちのことなんて」
「知らねーってか。」
知らない、と言いかけたのを遮られ、ふっと何かが頭をよぎった。赤髪で金の瞳、王子みたいなきらびやかな装束、そして不遜な物言い。
「ときめき王国のプリンスさま☆のカイン…?」
ときめき王国のプリンスさま☆は、私が学生の頃にのめり込んでいた乙女ゲームだ。その中でも所謂『推し』にしていたのがカインだった。オレ様気質で見た目も麗しく、当時の乙女たちの胸を一番ときめかせた男に相違ない。
「やっと思い出したか」
だけど、思い出すのに時間がかかったのは、古いゲームだからじゃない。
「いや…こんなだったっけ?」
そんなはずはない。カインの姿は今もはっきり覚えている。細身でスラッとした長身、足も手も長くて、その美しい指先で顎クイされるスチルにどれだけ身もだえたことか。
だが目の前の男はどうだ。たぷたぷの顎にちょび髭をたくわえ、お腹にはでっぷりとした脂肪。痩せ気味のハンプティ・ダンプティのようなスタイルだ。それに年齢。設定では23歳だったはずなのに、贔屓目に見ても30は超えている。
《周囲を見渡してみるがいい》
謎の声に促され、他の男達にも目を向ける。すると彼らもまた、どことなく見覚えのある者たちばかりだった。しかも実生活ではなく、乙女ゲームの世界でだ。
「これ、一体…?」
《身に覚えがないとは言わせんぞ。貴様が使い捨てた男たちだ。》
「まさか、全員乙女ゲームの攻略キャラ?」
頷く眼前の5人の男たち。
「ある日突然、オレらの世界の時間が動き出して、普通に年を取るようになっちまった。それからきっかり10年だ。」
カインの言葉に、目眩を覚える。
あんなに乙女たちを熱狂させた彼らは、10年の月日を経てしっかりおじさんになっていた。
「そういう訳で」
せーの、と5人が声を合わせて言う。
「責任取れよ、マイプリンセス」
10年後の乙ゲー男子に結婚を迫られてます! @rilala_umeshu
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