10年後の乙ゲー男子に結婚を迫られてます!

@rilala_umeshu

第1話 プロローグ

「責任とって、結婚しろ」


ありえない光景を、この両の眼が映している。


あんなに大好きだった乙女ゲームの王子様たちが、勢揃いで私に求婚しているのだ。

10年前なら失神するほど嬉しい台詞なのに、今はその逆。絶望すら感じている。


そう、今は。


彼らはきっちり10年分の時間を経て立派なおじさんとなり、恩返しならぬ結婚を要求してきたのだ。



「責任取れよマイプリンセス」



目の前が、まっくらになった。









それは31歳の誕生日の出来事。私は婚活パーティに赴いていた。


「山田華さんか、テンプレみたいな名前だね、趣味は…ゲーム?へえ、その年でゲームねえ?」


「……あの、僕もゲーム好きなんですよ。何が好きですか?やっぱ一般人向けのGGとかモンクエとか辺りですか?…乙女ゲーム?あ、ハイ。なるほど。」


「てか女って皆年収しか見てないよな?専業主婦狙い見え見えだし引くわー」


(全然、だめだった。)

ひと皿も取れなかったし取られもしなかった回転寿司形式のお見合いの後、増えたのは同じ境遇の女友達だけだった。会場を皆で固まって後にし、駅へ向けて歩を進める。


「全然いい人いませんでしたね」

「ね!あーあ、折角半日つぶしたのに成果なしかー」


示し合わせたかのように似せた巻き髪、花柄ワンピース、ピンクのジェルネイルの女たちが、口々にぼやく。こうして皮肉っぽく観察してはしまうけれど、私もその一人だ。同じ装備を身にまとった彼女たちと話せるこの時間は、本音で話せる憩いの時間でもあった。


「次こそいい人と出会えるといいですね、それじゃあ私はここで」


手を振る彼女たちと駅前で別れ、重い足取りで改札を抜ける。

ぼやけた頭で電車に乗っていると、じわじわ悲しみが湧き上がってきた。


私今日、誕生日だったのにな。


そもそも心中では納得していないのに、両親に泣きつかれて始めてしまった婚活。母の涙はずるい。

重い腰をあげて初めてみたもののそうそういい人もおらず、周りが手を打った普通の男達の価値を思い知ることとなっている。

なんなら自分の市場価値も思い知った。噂には聞いていたが、確かに三十路を過ぎると地力が問われる。取り立てて美人でも収入が良いわけでもない私の価値など高いはずもなく、どうせ独り身のままなら知らない方が幸せだった気さえしていた。


「鴇の宮、鴇の宮ー」


駅員の声ではっと我に帰って電車を飛び降りた。改札を抜けると、ほどよく草臥れた風景が目を撫でる。地味で変化のないこの風景が心地よく、お帰り、と言ってくれているようだ。緊張が解けたのか、軽くなった足取りで帰路につく。


今の住まいであるアパートは、学生時代から引き続いて借りているものだ。大家さんが気のいいおじいさんで、上京したての頃からとても良くしてもらっている。

閑静な住宅街の中にあって治安もいいし、駅からも八分とほど近い。何よりこの時期は帰り道、そこかしこで金木犀の良い香りがするのが、とても気に入っていた。


そんな様々のおかげで新しく住み替えるタイミングを逸しはや十三年、ここに住み着いている。


「ただいまー」


返事がないのは知りつつも、玄関のドアをあけるとつい小声で挨拶をしてしまう。近頃独り言が増えた。よくテレビや洗濯機にも話しかけてしまう。

玄関の鏡をふっと見ると、くたびれた自分の顔がばっちり映り込む。若干ほうれい線出てきちゃったなあ。

「ふう」

鞄を置いてクローゼットを開け、仁王立ちで眺める。ここからはご褒美タイムに突入である。ただいま、私の恋人たち。

「うん。我ながら壮観。」

扉を開くと目に飛び込んでくる、壁面一杯に積み上げられた乙女ゲームの山。

十年かけて集めたゲームたちは、趣味でありコレクションであり、もはや宝物でもある。


「積みゲー消化しようかな。いや!誕生日だしあっちにしよ。」

クローゼットは開けっぱなして、鞄の隙間に覗くスマホを引っ張りだし、ベッドに寝そべる。

スワイプして目当てのアプリをタップすると、『プリンス☆ファンタジー』のきらびやかなロゴが画面いっぱいに映し出される。


「ログインメッセージがいつもと違うはず…あ!やっぱりー!」


以前までは乙女ゲームをゲーム機で遊ぶことが日課だったが、今はスマホのアプリで遊ぶことが日課になっている。久しぶりにゲーム機でやりたいな、とは思いつつも、スマホの手軽さには勝てない。

慣れた手つきで『プリンス☆ファンタジー』のアプリを操作する。音声を確認し、少し待つと、華やかな演出の後にいわゆる『推し』のお祝いの声が聞こえた。


「ハナ、誕生日おめでとう。おまえに会えてからオレの世界は変わった。」


「…っ、くーっ、だいすきいいい!」


もう、誰に何て言われたっていい。いい年して乙女ゲームして何が悪い。体がしびれるような幸せを噛みしめてじたばたする。乙女ゲーム最高。時人くん最高。この時よ永遠に続け。

ごろごろと布団にくるまりながらアプリで遊んでいると、だんだんと瞼が重くなってきた。流石になけなしの理性が訴えかけてくる。こんな状態で寝てはいけない、電気つけっぱなしだし、お風呂もまだ、せめてメイクはとらなきゃ。戒める言葉はいくつも浮かんで消えていく。最後の力で電気を消した私は、右手にスマホを握りしめたまま眠りへと落ちて行った。


意識を手放す寸前、「人数限定!王子さまの人生プロデュース企画」という妙なイベントバナーをタップした気がしたが、記憶が定かではない。


数瞬後、クローゼットから白く眩い光が放たれ、部屋全体を包み込んだことを、眠りこけた私は知る由もなかった。


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