詠み人とAIによる あなたの為の支援機構

家宇治 克

詠み人とAIによるあなたの為の支援機構

 ネット社会はこれでもかってくらい情報に溢れている。知りたいことも知りたくないことも、嘘や真実が入り交じった状態で手に入るし、ネットに繋がる機器を手放せなくなる人も続出している。



 カタリィは、冷や汗を流していた。

 キーボードに置いた手を震わせ、かぶりつくように画面を見つめていた。


「そんな………っ!」


 不意に零した言葉が涙を引き出した。

 画面の中で赤く染った手が落ちる。それと同時にカタリィの涙も落ちた。


 画面の向こうで少女が叫ぶ。

 カタリィも一緒になって叫んでいた。



「えっ、エルゥゥゥゥゥッ!!」



「朝から元気ですね」


 カタリィは椅子から転げ落ちた。

 飛び出しそうな心臓を押さえて後ろを向くと、可愛らしい女の子が立っていた。

「おはようございます、カタリィさん。相変わらず反応が過剰かじょうですね」

「おはよう、リンドバーグ。えっと、今日もよろしくね」

 カタリィが何とか笑いかけると、リンドバーグは可憐な笑みを返した。

「ところで、今叫んだようですが、何かありましたか?」

「えっ?いや、えっとその……」

 カタリィは慌ててパソコンの画面を消した。

 まさかアニメを観ていたなんて言える訳もなく、しどろもどろになっていると、リンドバーグがずいっと近づいてきた。


「カタリィさん、涙を流しています。もしや、何か悲しいことが?」

「いや、その……まぁ、悲しいっちゃ悲しいんだけども……今は驚い」

「やっぱり! 考えられる可能性を述べると、ケガをされたか何かを盗まれたかです! いえ、あるいはその両方でしょうか……? システム起動! 敵襲です!であえであえー!」

「オーケーリンドバーグ! 襲われてないから! 最後に読んだの時代物だな!?」


 防御システムを起動しようとするリンドバーグを押さえ、カタリィは仕事を始めた。



『作家育成支援機構 トリ』はその名の通り、機構の運営するサイトで活躍する作家の援助をする組織だ。さらに、『詠み人』と呼ばれるエージェントが作家の夢を後押しすると話題になり、サイトは設立からわずか数年でネット上でその名を馳せた。


「リンドバーグ、今日の業務は?」

「カタリィさんは作品の規定違反の巡回警備と次の公募の広告作成ですよ。先程確認しましたよね?」

「あぁいや、念の為にもう一回……ね?」

「覚えが悪いんですか?」

 リンドバーグの悪意なき一言が胸に的確に刺さった。カタリィは「ぐぅ……」と呻き声をあげてパソコンの前で伏せた。


 リンドバーグのパソコンにメールが届く。リンドバーグはそのメールを開くと、立ち上がった。

「業務の凍結を要請します。作者様の活動生命に危機を感知。カタリィさん、作者様との連絡手段を確保してください」

「えっ? 何? 何かあったの?」



「作者様が『活動を辞めたい』と仰ってます!」

「え……えぇーーーー!!」



 ***


 どうにか作者と連絡を取り、組織の相談室で直接会えることになった。相手はひょろっとした男性で、あまり悩んでいる様子はなかった。

「作者様、本人確認のために名前をお願いします」

二階堂にかいどう大和やまとです」

「本名ではなくペンネームです」

「あっ、PALパルです」


 冷やりとしつつも、カタリィは二階堂にコーヒーを出し、話を切り出した。

「それで、『活動を辞めたい』というのはどうしてですか?」


「……作品に、閲覧数がつかないんです」


 二階堂はぽつりぽつりと語り出す。

 初めは趣味で始めたはずなのに、作品を投稿・更新しても誰も手をつけないという。

 まぁいいや、と割り切ったものの、1年経った今でも一向に閲覧されないのだ。それはそれで心が持たない。

 危機の故障やサイトのバグを疑って調べてもらったものの、なんの異常もない。とうとう心が折れて退会方法を聞きに来たというのだ。

 リンドバーグは以前の問い合わせメッセージを確認した。確かに『PALパル』の名があった。

 カタリィはリンドバーグに耳打ちをする。

「どうしよう? 退会したいならそれでいい気がするんだけど」

「ダメですよ! 未来の書籍の作者様がいなくなっては困るんですから」

「うーん、でもさぁ。誰にも見てもらえないんじゃどうしようもなくない?」

「そこをどうにかするのが私たちの仕事ですよ」

 リンドバーグは鼻息荒く、カタリィを説得すると二階堂に向き直った。


「閲覧数がつかない理由を分析します。作品を提出してください」


 二階堂は喜びつつも、恐る恐るケータイを差し出した。そのケータイをパソコンとつなぎ、リンドバーグは呼吸を整えた。そして、一心不乱に作品に目を通していく。

 滝のように流れる文字にリンドバーグはひたすら目を動かした。二階堂はその姿に感嘆を零す。

「すごいですね。結構長いんですけど、速読ってやつですか?」

「僕も最初はびっくりしましたよ。あら閲覧数はつきませんのであしからず」

「そんなぁ。でも、あれで分析出来るのかな……。しかも、女の子でしょ?」


「ああ、彼女はAIなんです」


 機械であるからこそ出来る仕事量の多さ、そして人に近しいから出来る心の支え方。人と機械、二つの技術が備わった彼女さえいれば、組織は安泰なのだが、カタリィはリンドバーグの背中をじっと見つめていた。

 リンドバーグが「分析終了です!」と笑顔で戻ってくると、カタリィは腹を括った。

「えーっと、分析の結果なんですが……」

 心臓が高鳴る。固唾を呑んでリンドバーグに注視した。



「上手ですよ。ただし、初心者以下ってところですかね!」

「………………え?」



 カタリィは唇を噛んで言葉を飲み込んだ。

 はい来ました悪意なき毒舌! なんて言える訳もなく、リンドバーグの分析結果を彼女が止まるまで聞いた。

「まず、文章はやや平均並みで読みにくくはありません。読みやすくもないですが。キャラクター設定は平々凡々で特徴が少ないですね。主人公が誰かさえ分かりませんでした。心理描写は他よりも上ですよ。初心者と比べれば。タイトルも秀逸ですね! 悪い方に! 小説のジャンルや作者様の文章を合わせて考えると、小学生の夏休みの作文の方が読みやすいです」

「リンドバーグ、もうちょっと言葉を慎もうよ。それほぼ悪口だよ」

「私は分析結果をお伝えしただけですが……」

 カタリィは不安そうに二階堂に目をやった。

 案の定、トドメを刺され、立ち直れなくなっている。二階堂は先程よりも五歳くらい老けて見えた。リンドバーグは頭に「?」を浮かべていた。

「もう、良いです。どうせ、誰もオレの小説なんて読まないんだ」

「そんな作者様! 落ち込まないでください!」

「リンドバーグがトドメさしたんだよ?」


 カタリィはリンドバーグの分析結果を元に、作品を読んでみた。

 確かに文章は平均並み。主人公も特出した才能がない。ファンタジーだというのにタイトルも古い。ただ、心理描写は確かに上手だった。

 文章の固さに少々たじろいだが、これなら改善策はありそう。

「あの、PALパルさんが書きたい話って、本当はこれじゃないですよね」

 カタリィが燃え尽きた二階堂に問うと、二階堂は弱々しく首を縦に振った。

 リンドバーグに聞くと、「データを基に推測しますと……」と、同じ答えを返した。

 カタリィは息を吸い、胸を軽く叩く。


「僕に任せて!」


 そう言うと、カタリィは自分の左目を指で作った四角で囲う。二階堂に狙いを定めると、その四角を解いた。



詠目ヨメ』ッッッ!



 キラキラと輝く青い瞳で二階堂の胸の奥に入り込む。川のように流れる文字の羅列にちょっと酔いそうになるが、カタリィはその先にある光をしっかりと握った。


「これが! あなたの書きたかった小説ですね」


 机の上にちょこんと乗った一冊の小説。ファンタジーとは程遠い、純文学の小説だった。

 二階堂は興奮気味にその本を手に取った。

「これが、私の本ですか……」

「はい。んで、僕、その本を必要としてる人をので、届けてきますね!」

 カタリィは本をぱっと取ると、そのまま外へ走り出した。二階堂はカタリィを止めようとしたが、リンドバーグに止められた。

「必要ありませんよ」 リンドバーグはココアを一口飲んだ。


「必要とする人がそれを持つことに意味があります。あなたが持っていても合理性に欠けます。それに、その本がきっかけで作者様のことを知ることが出来たなら、作者様の閲覧数に1がつくでしょう」


 二階堂は相談室のドアを見つめたまま微笑んだ。


「書きたい話を書く……。それが、サイトのルールです。人気だからなんて書けないものに手を出すのは違うと思いますよ」


 二階堂はケータイを受け取ると、リンドバーグに深く頭を下げた。


 ***


「ねぇリンドバーグ! PALパルさん閲覧数がついたって!」


 後日、二階堂から閲覧数の増加の報告とお礼のメッセージが届いた。

 カタリィはそれを嬉々としてリンドバーグに教えると、リンドバーグも画面に顔を近づけて報告を読んだ。そして嬉しそうに笑ってカタリィとタッチを交わす。

「さすがリンドバーグだね! 本当に解決出来た!」

「いいえ、カタリィさんの手柄ですよ。よくやりましたね」

「えへへ〜、それほどでも〜」

「さぁ、あなたがいなくなったお陰で業務は盛りだくさんです。計算だと三日ほど残業を重ねれば通常通りに戻りますから、頑張りましょうね!」

「はぁい……」


 カタリィはパソコンに向き直った。

 そして、なんとなく二階堂の作品を確認しにいった。報告通り、二桁以上に閲覧数がついていた。カタリィは別の人の感謝状を膝の上でなぞる。

 そしてこっそり、二階堂の作品に『いいね』を押した。

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