第二十話 ドルフィンキーパー休暇中 前編
あ、そうそう、余談ではあるけれど。
年が明けるか明けないかの時間帯に、あのイルカちゃん達の中の人達を特集した番組がテレビで放送された。
なんと、中に入っていたのは、知らない人はいないと言われる、知名度の高いアイドルグループの人達だった。なんでも半年ほど前から、地元の青年部と共にあのイベントの計画をしていたらしい。もともと、震災や災害などが起きると様々な形でボランティアとして参加している人達だというのは知っていたけど、まさかこんな形でイベントに参加していたなんてビックリだ。
そりゃあなんでも器用にこなしちゃう人達だもの。イルカちゃんの着ぐるみを着たまま、セグウェイで疾走して編隊飛行をするもお手のものだよね、と感心したのは言うまでもない。
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「白勢さん、こっちに戻ってきてから、すごく
久し振りに自分の部屋のベッドに引っ繰り返りながら、スマホの向こう側にいる相手に報告した。
『挨拶もなしにいきなりだね、浜路さん』
「ブルーのイケボのお世話係を任されているドルフィンキーパーとしては、大事なことだと思いますけど?」
『来年もよろしく頼むよとは言ったけど、まさかのど飴を探すところから始めるとはね。まったく浜路さんは、アクロ以上の斜め上を行くね』
電話の向こうであきれたように笑っている。
「だってアナウンスをいつまでするかわからないですけど、白勢さんはブルーのイケボ枠なんだからね。次のアナウンス担当が決まるまでは、喉は大事にしなきゃ」
『まあ、休みの時もそうやって気にかけてくれているだから、感謝するべきなんだろうね、俺は。それで? 今度は一体どんな飴?』
「えっとですね、京都らしく
『……』
急に電話の向こうが静かになった。
「もしもし白勢さん? 聞いてますか?」
『聞いてる。それ、美味しいのかい? もちろん味見はしたんだよね?』
「良薬口に苦しですよ」
『つまり
「まあその点は否定しません」
もちろん、商品を見つけて買う前に試食をさせてもらった。私が微妙な顔をしたのを見たおねーさんも「気持ちは分かります」と笑っていたっけ。お店の売り子さんですらそう言うってことは、つまりそういう味ってことなのだ。
『まさかその飴、買ったりしてないよね?』
「さすがにあれは、やめておいたほうが第11飛行隊にとって平和な気がしたのでやめました。そのかわり、因幡一尉のお土産用に
『ラパンに人参は分かったけど、俺にまで買ってくれる必要はないんだけどなぁ……」
なんだか心の底から嫌がっている様子だけど気にしない。せっかく人参味の飴を見つけたのだ、ここは是非とも三番機組全員に味わってもらわなくては。
「まあまあ、遠慮なさらず」
『俺は、いつものニッキ味ののど飴にしてもらったほうが、良さそうな気がしてきた』
「大丈夫ですよ、人参ぽいですけど、これは普通に飴ちゃんの味でしたから」
『まぼやの塩辛が美味しいとか言っちゃう浜路さんの言葉だからなあ……」
「なに言ってるんですか、まぼやの塩辛は間違いなく美味しいじゃないですか。私は旬になる夏を今から楽しみにしてるんですからね」
ほやが宮城名産だって教えてくれたのは白勢さんなのに。白勢さんは余計な味を教えちゃったかなと笑った。
『ほやと
とたんに顔が熱くなるのが自分でも分かった。
『浜路さん?』
「し、調べましたよ!」
寮に帰ってからすぐ!!
『それで感想は?』
「幸運とか安全はともかく、日本人にはあまり馴染みのない習慣のような気がしますけどね」
節分の時に玄関にかざる、ヒイラギとイワシの頭なら分かるけど。
『どんな手段を使ってでも、好きな女の子にキスしたい男の気持ちなんて万国共通だよ』
「……習慣の元になった神様は、きっとあきれてますよ」
『まあそういうことだから、俺が正式に三番機のパイロットになったあかつきには、よろしく頼みますよ、ドルフィンキーパーさん』
「なにがよろしく頼むですか」
つまりは、前に自分が三番機のパイロットになったらるいって呼んでも良いかってたずねてきたのは、白勢さんが正式に三番機のパイロットになったら、お付き合いしませんかってことだったらしい。遠回しながらも、あんなふうに面と向かって言われていたのに、その可能性にまったく気づかなかったなんて、自分の鈍さ加減にうんざりだ。
「声で腰が砕けたら仕事にならないので、仕事中にささやくのは無しですからね!」
しかも! 新田原で藤島一尉が言っていた腰が砕けた人っていうのは、きっと白勢さんとお近づきになった女性のことに違いないのだ、しかも複数人。あの基地の飛行隊に配属されて、どれぐらいなのかはよく分からないけど、仲間内であんなふうに言われるってことは、けっこうな人数がいたってことなんじゃないの? もしかして白勢さんって、ものすごくモテモテな人だったのでは?
『ってことは、
「まだ三番機のパイロットになったわけじゃないのに気が早いですよ、白勢さん。もしかしたら、イケボの評判が良すぎて、松島にいる間はずっとマイク持ちかもしれないじゃないですか」
『ひどい言いようだなあ』
「まだ訓練中であることには違いないでしょ。今のところ三番機のパイロットは、因幡一尉だけですよ」
今までにどれだけの人達が、あんなふうにささやかれたんだろうと考えたらムカついてきた。だからつい返事もとんがったものになってしまう。私、自分がこんなにヤキモチ焼きな人間だなんて思いもしなかった。
『……るい、もしかして藤島が言ったことを気にしてる?』
おもわずスマホが手から滑り落ちそうになる。
「ちょ、ちょっと! だから名前を呼ぶのは、正式に三番機のパイロットになってからって言ったじゃないですかっ」
普通に名前を呼ばれただけでこれなんだもの。通常モードじゃないイケボでささやかれたら、どうなってしまうんだろうと今から心配になる。やっぱりイヤーマフは必須アイテムになりそうな予感。
『なるほど了解した。やっぱり気にしてくれていたんだな』
「なんでそういう話になるんですかっ」
『夕飯を食べた時に質問されたから、もしかしてとは思ってたんだけど』
「あの時は純粋な好奇心からですよ!!」
『あの時はってことは、今は違うってことだろ?』
「会話で揚げ足取る人は嫌いです!」
なんだか話がおかしな方向に向いてきた!!
『そりゃあ、今まで誰もいなかったとは言わないよ。だけど、現在進行形で誰かいるわけじゃないから安心してくれていい。それはマボヤデートの時に言ったとおりだ』
「だからなにも言ってないじゃないですか」
『でも気になるんだろ?』
いきなり
「ちょっと誠!!
「あ、ごめん。それよりねーちゃん、そろそろお節の準備を始めるから手伝ってくれって、かーちゃんが」
『すまない、長電話しちゃったかな』
誠に怒鳴り返すのを聞いて白勢さんが笑っている。
「そんなことないですよ、大丈夫です。ちょっと礼儀がなってない弟をしかっただけですから。じゃあ年明けの訓練始めの日を楽しみに……うわあ」
『?!』
「ねーちゃん!! しゃべっているのはブルーの人?!」
いきなり誠がかぶりついてきた。近い近い、あっちへ行けとばかりに、頭をつかんで向こうへと押しやる。
「そうだけど、電話中なんだからあっちへ行ってなさい!」
「話したい!!」
「はあ?! なに言ってんの、あんたは!!」
来年からは高校生だというのに、やることなすことが子供なんだから!! しかも私が入隊すると決めたころなんて「自衛隊?は、なにそれ?」な態度だったくせに。
『浜路さん、俺はかまわないよ。こっちのことは俺に任せて、浜路さんはお母さんの手伝いに行くと良い』
「そんなわけにはいきませんよ。もう切りますから御心配なく」
「ねーちゃん、あんまりだー!!」
『俺のほうは大丈夫だから。松島に来てからさんざんお客さん達の相手をしてきたんだ、浜路さんの弟君と話すぐらいなんともないよ。まだ正規パイロットじゃないのは申し訳ないけどね』
誠はまるで捨て犬のような目でこっちを見つめてくる。まったくもう、なんでこうなった?!
「適当にあしらって切ったら良いですからね。……誠、私にとっては上官に当たる人でもあるんだから、失礼のないように!」
「やったー!!」
お尻から特大の尻尾をはやすと、それをブンブン振り回している誠にそう宣言してからスマホを渡した。
「もしもし!! はい、弟の
「それと、今月のおねーちゃんの携帯代が膨れ上がったら、お年玉から引くからね!」
お世話してるのは私のほうなのにと思いながらそう申し渡したけど、すでに白勢さんとの話に夢中でこっちの話なんて聞いちゃいない。年が明けて白勢さんと顔を合わせたら、しっかりと謝っておかなくちゃ。
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