第二十一話 ドルフィンキーパー休暇中 後編

「まーた白勢さんと話してる! いい加減にしなさい、誠!!」

「あ、なにするんだ、ねーちゃん! それ、俺のスマホ!!」

「ちょっとよこしなさい!」


 ふすまが開けっ放しになっていた誠の部屋に踏み込むと、問答無用でスマホを取り上げた。


「もしもし、白勢さん?!」

『やあ浜路さん、あけましておめでとう』

「あけましておめでとうございます……じゃなくて!!」


 年末に部屋に乱入してきた誠が、白勢さんとおしゃべりをして四日目。元旦の親戚の集まりから帰ってきたとたんに、姿を消したと思ったら案の定だ。未練がましく部屋までついてきた誠を廊下へ追い出すと、ふすまをピシャリと閉めてベッドに座る。


『そんなに頻繁ひんぱんに、やり取りしているわけじゃないから安心していいよ。まだ今日で三回目なんだから』

「一週間もたってないのに三回目って、十分に多いでしょ」


 しかも、いつの間にか電話番号のやり取りまでして!!


『そりゃ、俺としては誠君とより浜路さんと話したいけど、浜路さんは、年末年始は集まってくる親戚の接待で忙しそうだって話だったからね。だからしかたなく誠君としゃべっているわけだ』


 しかたなくと言うわりには、誠の態度からして、ずいぶんと楽しそうに話していたように思えましたが?


「音信不通にしておけば良いじゃないですか」

『だけど浜路さんの弟をなんだ、むげにはあつかえないだろ? お姉さんの通話料金が上がったらお年玉を削られるってことだったから、誠君と電話番号を交換したんだよ』


 お年玉の減額は、学生にとっては死活問題だからねとのんきに笑っている。それを聞いて私のほうはギョッとなった。


「もしかして、白勢さんからかけてきてるってことはないですよね?!」

『俺のほうからかけるよって言ったら、話を聞きたいと言い出したのは自分なんだから、自分からかけると言ってきかないんだ。だから今のところは、誠君からかけてきているよ』


 良かった。ただでさえスマホの通話料金は高いんだもの。これでもし白勢さんがかけてきているようなら、やっぱりお年玉の減額をしなくちゃいけないところだった。


「適当にあしらってくださいって、言ったじゃないですか。お休みの時までサービス精神を発揮しなくても」

『まあまあ。誠君にしてみたら、俺は大事な情報源らしいからね』

「ちょっと、なに物騒な話になってるんですか」


 まさか、無理を言ってブルーインパルスのことをあれこれ聞き出そうとしているの?!とさらにギョッとなる。


『物騒なことなんてなにもないから、その点は心配ないよ。ただ、大学に行ってからパイロットになった俺の経歴に興味があるらしい』

「まさか、パイロットになりたいって言い出したりしてませんよね?」

『どうだろう。あの口ぶりからして、もしかしたらって気がしないでもないな。ブルーのことよりも、圧倒的にどんな勉強をしたかとか、訓練はどういったものかって話だから』


 それを聞いて驚いてしまう。今までパイロットになんて、まったく興味がなかったはずなのに。一体どんな心境の変化があったんだろう。


「私が空自に入隊を決めた時なんて、自衛官?なにそれ?的な発言をしてたんですよ、あいつ」


 それこそ整備員?男子のする仕事じゃんて小馬鹿にしていたのに。


『まあお姉さんが仕事をしている間に、色々と心境の変化があったんじゃないかな。浜路さんが入隊してからもう何年? 五年ぐらい? 誠君は四月から高校生だろ? ってことは、浜路さんが入隊した時は小学生か。小学生と高校生では、当然のことながら考え方も違ってくるだろうしね』


 たしかにここ最近は、帰省するたびに大人びたことを言うようになっていた。私としては、まだまだ小さな弟が生意気なこと言ってるな~程度に思っていたけれど、声変わりしていかつくなっただけじゃなく、誠なりにちゃんと大人になってきているってことなのかもしれない。


「だけどそれが、私がドルフィンキーパーになったことがきっかけならとんでもないですよ。華やかな一面しか見ないで、空自のパイロットを志してほしくなんてありませんから」


 今のような国境情勢の時代は特に。


『それはそうだね。だから俺が、現実的な厳しい世界を話して聞かせているってわけだ』

「五割ぐらい盛って話してくださいね」

『五割増しをしなくても、十分にパイロットになる道は厳しいよ。そこは俺が一番分かってるから。ああ、そうだ。せっかくこうやって話す機会ができたから聞いておきたかったんだけど、浜路さんはいつ松島に戻る予定なんだい?』

「私は四日に戻る予定です。訓練始め前日から整備小隊の仕事は始まるので」


 訓練始めは八日だからもう少しゆっくりできるんだけど、こっちに残っていると口うるさい親戚があれこれ言ってくるので、早めに実家を逃げ出して松島に戻ることにしたのだ。


『なるほど。新幹線? それとも飛行機?』

「今のところは陸路で帰ります。それが一番安くて確実なので」

『そうか。俺もその日に基地に戻るつもりだから、よかったら東京で待ち合わせないか? どうせ東京駅で乗り継ぐんだから。ああ、ちなみにこれはデートのお誘いじゃなく、純粋に一緒に基地に戻らないかという話だから』


 一瞬だけドキッとなった私の気持ちが伝わったのか、笑いながら白勢さんはそうつけ加えた。


「わかりました。早めの新幹線に乗るつもりなんですけど、大丈夫ですか?」

『大丈夫。京都から乗る時に知らせてくれれば問題ないよ』

「じゃあ四日の日、乗る新幹線が決まったら知らせますね」

『了解した。電話、誠君に変わらなくても良いのかな?』

「あいつには、もうちょっと分別を持つように言い聞かせるので、今日はこのまま切ってください」

『あまりしからないでやってくれよ。もしかしたら、未来の戦闘機要員になるかもしれないんだから』


 白勢さんはそう言うと、じゃあと言って電話を切った。


 ベッドから立ち上がって、バッグの中をゴソゴソしてからふすまを開けると、誠がふくれっつらをして階段のところに座って待っていた。


「ひどいよ、ねーちゃん。せっかく白勢さんから訓練の話を聞いていたのに」

「なにがひどいの。あっちは休暇中のパイロットなんだよ? しっかり休息できなくて、飛行訓練中に体調でも崩したらどうするの。ブルーだって普通の飛行隊と同じで超多忙だし、休むことも任務のうちなんだからね。はい、電話。今日はもうかけないように。私が言っておいたから、今日はかけても出てくれないからね。それと……」


 千円札を目の前でヒラヒラさせた。


「私がしゃべった分の電話代。釣りはいらねーぜ、とっときな」

「やった~~! コンビニでポテチとジュース買ってくる!」


 千円札をパシッとひったくると、そのまま階段を駆け下りていった。


「少しは大人になったのかなと思ってたけど……」


 どうやら気のせいだったみたいだ。



+++++



「そういうわけでさあ、もう誠にはほとほとまいってるのよ。遅れてきた流行にはまっちゃったって感じで」


 半年ぶりに顔を合わせた高校時代の同級生を前に溜め息をついた。


「遅れてなんていないでしょ。ブルーインパルスと言えば航空自衛隊の花形なんだから」

「華やかな部分だけ見て、パイロットになりたいなんて思われても困るんだよ。だいたいさ、ブルーのパイロットに選ばれるためには、パイロットになってからいろんな資格課程を修了して、そこで初めてスタート地点に立てるんだよ。誠の様子からして、パイロットになったらすぐにでもなれると思ってそうで困る……なに?」


 友達がニヤニヤしながら、そろって私の顔を見つめているのに気がついて、思わず眉をひそめる。


「るいもすっかり自衛官さんだなあって感心してるの」

「そりゃ私は自衛官だもの。そっちだって立派な銀行員さんに公務員さんでしょ?」

「私達はまだ就職して一年だけど、るいはもうベテランさんじゃない。なんだかアイドルのことでキャーキャー騒いでた高校時代が懐かしいよねえ」


 そう言いながら遠い目をしてみせた。


「その遠い目はやめて。なんだか年寄りになった気がするから」

「それで、いつあっちの基地に戻っちゃうの?」

「明日」


 私の答えに驚いている。


「えええ?! 今日はまだ三日だよ?!」

「そうなんだけどね、担当している機体のことが心配だから、早めに帰ろうと思って」

「はあ、まさかそこまで仕事の虫になっちゃうとは」

「年明けの訓練始めまでにはまだ間があるんだけど、なにかあったら困るからね。ファンの人が楽しみにしている飛行展示を支えるのって、思った以上に大変なんだよ~~」


 大変だねえと同情的な顔をする友達の横で、もう一人がわけ知り顔な笑みを浮かべた。


「三沢にいた時は、そんなこと言わずにギリギリまでこっちにいたよね。ってことは、戻る理由は機体だけじゃないんじゃない?」

「ん? 理由は今話したとおり。ブルーは、年明けからたんさんイベントが入ってくるから飛行訓練がすごく大事なの。見たことあるでしょ? あんなアクロバットを訓練も含めて毎日のようにするんだから、三沢の時よりもずっと気を遣うんだからね。ああ、別に三沢で手を抜いていたってわけじゃなくて」

「ふーん……」


 ますますニヤニヤとしている友達。さらにはその笑いに他の子まで同調し始めた。


「ふーんもなにも。そうなんだから変なかんぐりはやめましょう。私にとって大事なのは、自分が整備している航空機がちゃんと空を飛ぶことなんだから。ドルフィンキーパーは、ドルフィンが元気よく空を飛べるようにするのがお仕事なんだからね」

「るいは昔っから生身の人間より、テレビの向こう側か機械の塊が気になる人ではあったわよね。私の考えすぎか。ちょっとがっかりかなあ……」

「私の生活を小説かなにかかわりにするのは。やめましょう」


 まあ私の場合、機械の塊だけではなく、イケボなイルカや飴玉あめだまを欲しがるイルカ達のお世話もあるわけなんだけど、それは彼女達には関係ないことだ。



 とまあこんな感じで新しい一年がスタートした。

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