第十九話 ちょっと変わったイルカさん
ショッピングモールの一階に作られた特設ステージ前は、子供連れさんやお買い物に来た人達で人だかりだった。
『では、今年からこのイベントに初参加となりました、松島ドルフィンシックスをご紹介します。皆さん、拍手でお迎えください!!』
白勢さん顔負けのさわやかボイスのお姉さんの号令とともに、舞台の奥から不思議な生き物達がつらなって姿を現わした。お客さん達の歓声と拍手の中、ステージ真ん中に向けて行進する。
「なんですか、あれ!」
「どうみてもイルカだね」
「もしかして、白勢さんが言っていたイルカってあれ?」
「そうなんだけど、あんなにたくさんいるとは思ってなかった」
予想外の大所帯だったらしく、白勢さんも驚いている。
「しかも二足歩行のイルカなんて、初めて見ましたよ」
可愛らしくよたよたと歩いているのは、大きなクリクリとしたつぶらな目をした青いイルカちゃん達、の着ぐるみだ。
たしか、サッカーチームのマスコットにこんな子いたっけ?なんて思いながら、なにが始まるんだろうと、横一列に並んでこっちを向いた彼等を見守った。音楽が止まってトレーナーさん役であろう青いスタジャンを着た人達が、なにやら抱えて奥から出てくる。
イルカちゃんは六頭、そしてトレーナーさんも六人。しかも着ぐるみの額にはそれぞれ番号 ―― しかも五番は逆さまになった数字 ―― がついていて、まさにブルーインパルスを意識した構成だった。ってことはスタジャンの人達は、トレーナーではなくドルフィンキーパーってことになるのかな?
「脇に抱えているのって、セグウェイとかいうやつですよね?」
「だね」
「あんな小さいのあるんですね、びっくりです」
しかも、さりげなくブルーインパルスのT-4と同じ色の塗装がされていた。さすがブルー御膝元のイベント、芸が細かい。
横一列できちんと並んだイルカちゃん達の前に、一人ずつスタッフさんがセグウェイを抱えて立つと、敬礼をしてそれを足元に置いた。そして、イルカちゃんの手というかムナビレを取って、それに乗せる。
「私が知っているセグウェイって、ハンドルみたいなのがついていたんですけど、あれ、どうやって方向転換するんでしょう? もしかして直進のみ?」
「スケボーみたいに、重心を移動させて方向転換するんじゃないかな」
「着ぐるみを着てですか? なんだか難しそう……」
イルカちゃん達は一番から順番にそれに乗っていくと、次はそろって体を小刻みにふりふりしながら、再び流れ出した音楽に合わせて踊るようなしぐさを始めた。もしかして、あれはプリタクのつもりなんだろうか。
「プリタクですかね、あれ」
「そうだと思う。しかし芸が細かいな、動きもきちんとそろっているし」
「お尻フリフリとプリタクをかけているなら、さらによく分かっていらっしゃるってやつですね。さすが地元のブルー愛は一味違うなあ」
可愛く踊るイルカちゃん達を感心しながら見ていると、キーパーさん達が駆け足で舞台奥へと消え、いよいよテイクオフですというお姉さんの号令がかかった。その声にイルカちゃん達が踊りをやめてピンッと背筋を伸ばす。
『では、ショータイムの始まりです! 松島ドルフィンシックス、テイクオーーーフ!』
お姉さんの掛け声と共に、まずは四頭のイルカが編隊を組んで走りだし、そのままターンをしてステージいっぱいに一周していく。これはブルーのダイアモンドテイクオフからのダーティーターンを模したものだろう。しかも思っていたよりも走行スピードが速く、可愛いながらも結構な迫力だ。
「めちゃくちゃ速いですね、もう少しゆっくり走るんだと思ってました」
「俺もここまでスピードを出して回るとは思ってなかったよ」
クルクルと隊形を変化させながらステージを回る四頭に続いて、二頭のセグウェイが走り出す。二頭はお互いに
「もしかしてコークスクリュー?」
「五番が逆さまになってないけどそうなんだろうな」
視界が確保されているのかいないのか微妙な着ぐるみを着てセグウェイで走り回り、さらにはその場でクルクルとフィギアスケートのようにスピンしたり。とにかく、よたよたと歩いていた時とはまったく違う、そのスピード感あふれる機動性に感心してしまう。
「もしかして白勢さん達、あのイルカちゃん達に負けてませんか?」
「かもしれない」
白勢さんは感心したように笑いながらそう答えた。
それから六頭は、編隊を組むと様々な編隊飛行を
ブルーインパルスジュニアもアクロ飛行を模した走行を
+++
「はー、楽しかったです。まさかのイルカショーでした」
ショーが終わってから、少しだけお互いに買いたいもののお買い物をして、ショッピングモールの外にあるこじんまりとしたステーキハウスに落ち着いた。なんでそのお店にしたかっていうと、私が新田原で肉発言をしたのを、白勢さんがしっかり覚えていたから。今夜は心置きなくお肉を食べてくださいってことらしい。
「楽しんでもらえたようで良かったよ」
「はい。めちゃくちゃ楽しかったですよ。あのチーム、活動は地元だけなんでしょうか。ブルーと一緒に航空祭を回ったら、ジュニアと共に人気が出そうなのに」
「あのチームワークの良さからして、ジュニアのほうが食われそうだけどね」
そう言いながら、オーダーをとりに来たお姉さんにワインを頼んでいる。珍しいこともあるものだと思っていたら、一尉がニッコリと笑った。
「明日はもう飛ばないから」
「ああ、そうでした。しばらくは心置きなく飲めるってやつですね」
「浜路さんも頼む?」
「そうですねえ、お願いしようかな。あ、でも私は赤より白の方がいいかなあ……」
たまには私だって飲んでもかまわないよねと、おごってもらえることをいいことに、久し振りにワインなんていう大人の飲み物を頼んでしまった。
……たんだけど。
「……飲みすぎました」
口当たりが良いしお手頃な値段、そして白勢さんのおごりと気が大きくなったのか、ついつい飲みすぎてしまった。ああでも、白勢さんだって同じだけグラスを開けていたんだから、飲んだ量は二人とも大して変わらないはず。だけど私の足元は限りなく怪しい。
「あのイルカちゃんのセグウェイで運んでもらったら、簡単に基地前までたどりつけそうなのに」
ここから基地まではかなりの距離がある。本来ならバスを利用して帰るところなんだけど、少し酔いをさましたほうが良いだろうと、歩いて向かっている途中だ。
「酔っ払ったままあんなのに乗ったら浜路さんのことだ、杉田一尉が真っ青になるぐらいのアクロをするんじゃないか?」
「私は公道を走る時は安全運転ですよ。ここ一年ほどハンドルは握ってませんけど」
「とにかく今は真っ直ぐ歩くことに集中して」
「大丈夫です、そこまで酷くありません」
「アルコールを飲むのはいつぶり?」
「そうですねえ……はて?」
前にお酒を飲んだのはいつだっただろう? たまに寮で一緒の子達と食事に出た時も、次の日がブルーの飛行展示の日だからと飲まなかったことが多かった。ん? 私、飲んだことあったっけ? 最後にビールやチューハイを飲んだのはいつだろう?
「もしかしたらこっちにきて初めてかも……」
「そりゃ酔っ払うはずだ。一年以上ブランクが開いた状態であれだけ飲めば、浜路さんじゃなくても酔っ払うよ」
白勢さんが笑う。
「大丈夫ですって。皆さんほどじゃないですが、ちゃんと真っ直ぐ飛ぶとぐらいできますから」
「その割には、さっきから白線の上を行ったり来たりしてる。ほら、気をつけて」
そう言って車道側に立って、私の手を自分の腕につかまらせた。
「こんなことしたら、ますますデートっぽくなっちゃうじゃないですか」
「それのどこがいけないのか分からないな。それに、最初からこれはデートだって言ったろ?」
「いけないとは言ってませんけど」
「けど?」
どう説明したものかと、しばらく歩きながら考える。
「私は飛びませんけど、ブルーのアクロがとんでもなく技術を要することは理解してます。そのパイロットになるための訓練をしている時に、デートにうつつを抜かしている場合じゃないって思うんです。飛ばないまま原隊に戻ることになったら寂しいでしょ?」
私がそう言うと白勢さんは微かな笑みを浮かべた。
「ずいぶんと俺のことを気にかけてくれてるんだね。因幡一尉が聞いたらまた
「私、真面目に言ってるんですよ?」
「分かってる。だから俺も三番機のパイロットになるまでは、こうやって夕飯を食うぐらいで我慢してるんじゃないか。ま、今回こうやって腕を組むのは、お行儀良くしている俺へのボーナスみたいなものかな」
「……はい?」
見上げると、白勢さんはいつもとはちょっとだけ、雰囲気の違う笑みを浮かべている。
「せっかくのクリスマスなんだから、どこかに宿り木でもあれば、それを口実にもう一つボーナスを手に入れることができたんだけど、残念だったなあ」
「あのう……?」
「その酔っ払った頭で覚えていたら帰ってから調べるといいよ。クリスマス、宿り木、で」
「はあ……」
きっとそこで追及すれば良かったんだろうけど、アルコールが頭まで回ってきていた私はそこまで気が回らなかった。そして基地前のゲート。警備で立っている
「じゃあ気をつけて部屋に戻るように。多分これで今年は最後になると思うから今のうちに言っておく。来年も三番機共々よろしく頼みます、ドルフィンキーパーさん」
「はい、来年もお任せください。三番機と白勢さんのお世話はちゃんと私がしますから! あ、今これも渡しておきます。お休みだからって、不養生して風邪をひかないようにしてくださいね、のどを大事に」
フワフワと気持ちのいいほろ酔い気分のまま呑気にそう言って、バッグの中に入れておいたのど飴を三つ渡す。三つでは休みの間には足りないけど、まあしかたががない。
「ありがとう。じゃあまた来年」
「はい、白勢さんも良いお年を」
手を振って白勢さんを見送った。
+++
「ぎゃあああああ?!」
「どうしたの? 虫でも出た?」
部屋の前を通りかかった隣部屋の子が、私の声に驚いた様子で顔をのぞかせた。
「ななななな、なんでもない、うん、なんでもないよ!! ちょっと椅子の角に足の小指をぶつけただけ」
「ああ、それは痛いね。大丈夫?」
「ううう、うん、大丈夫だから。ごめんね、驚かせて」
「気にしないで。お大事にねー」
「あ、ありがとー……」
私はそう返事をして、慌ててノートパソコンを閉じた。
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