第十七話 イルカの健康管理

 年内すべての展示飛行が終わり、最後の飛行訓練を翌日に控え、製造元である民間企業で大掛かりな定期メンテナンスをしていた機体が、松島まつしま基地に戻ってきた。


 それを出迎えたのは私達整備小隊の面々と玉置たまき二佐、そして以前この機体に乗っていた杉田すぎた一尉だ。パイロットの杉田一尉は出迎えにでてこなくてもかまわなかったんだけど、やはり直前まで自分が乗っていた機体ということもあって、思い入れがあるらしい。


「やっと帰ってきたか。長引いて年を越すんじゃないかと心配していたぞ」


 ハンガー前のエプロンで停止した機体を、コンコンと軽く叩きながらチェックをする坂東三佐。きちんとメンテがされていると分かっていても、自分の目と耳と手で確かめなければ気がすまないのは、どこの整備員も同じだった。


「お待たせして申し訳ありませんでした。思いのほかガタガタになっていたものですから、現場も手を焼いたようです」


 コックピットの後ろから降りてきたのは、企業専属のパイロットをしている土屋つちやさん。土屋さんは松島にT-4を届けてくれるだけではなく、定期メンテナンスをした後のT-4が、きちんと飛べるかどうかを現場でテストしてくれる、ありがたいパイロットさんだ。以前は飛行開発実験団でテストパイロットをしていた元職で、技量の点でも間違いなく、坂東三佐も玉置二佐も土屋さんのことをとても頼りにしていた。


「それは、俺達の整備に不備があったということか?」


 坂東三佐が不満げな顔をする。その顔に、土屋さんはいやいやと手を振りながら笑った。


「そうじゃありませんよ。手を焼いたのはエンジンの中身のほうです。今までの経験上、五番機として飛んでいた機体は、他の機体よりずっと激しい機動で飛んでいるのは理解はしていましたが、現場も、あそこまでガタガタになっているとは思っていなかったようです」


 今度は心配そうな顔をした玉置二佐に、土屋さんは安心させるように微笑む。


「ああ、もちろん今は問題ありません。部品交換もされて新品同様ですから、心置きなくアクロを披露してもらって大丈夫ですよ。その点は自分が保証しますし、鳥栖とりす一尉も納得済みですから」


 土屋さんの言葉に、ここまでT-4を飛ばしてきた六番機パイロットの鳥栖一尉もうなづいた。


「おい、杉田。これはもしかして、お前の操縦が無茶すぎるという御指摘なんじゃないのか?」


 二佐がニヤニヤしながら、横に立っていた五番機パイロットの杉田一尉の肩にをやる。


「自分は隊長の指示に従って飛んでいるだけですよ」


 一尉は二佐の言葉に、少しだけ困ったような笑みを浮かべて答えた。


「なんだ。俺が悪いのか?」

「そうは言いませんが、原因は、自分よりも隊長が占める割合が大きいと、言いたいだけです」

「やっぱり俺が悪いってことじゃないか」

「自分は事実を踏まえて、可能性について述べたまでです」


 今回戻ってきた元五番機は、次に定期メンテに出される六番機と入れ替わる予定で、さっそく尾翼に六番のナンバーステッカーを貼られることになっていた。


「まあとにかく年を越さなくて良かったよ。それでなんだが、どうもここ最近一番機の調子がイマイチでな。整備班は頑張って上がれるようにしてくれているんだが、一度そっちで全部バラしてみてもらえないだろうか」


 そう言えばここ最近の一番機は御機嫌斜めな日が多いようで、訓練開始が遅れることが増えていた。昨日なんて結局は予備機で飛ぶことになってしまったし。


「岐阜ではなくうちでですか?」


 それでかまわないのか?と、土屋さんが坂東三佐のほうをうかがう。その問い掛けに三佐もうなづいた。


「そっちのほうが設備もそろっているし、製造元だからな」

「あいつは何年目でしたかね」

「ここでは最古参になるか、いや、予備機のほうが長かったかもしれないな。とはいっても、耐久飛行時間からすれば、まだまだ元気に飛べる機体だ。予定では六番機をそっちに送り込むことになっていたが、予定を変更して、あいつを先にみてやってほしい。六番は来年になってから岐阜ぎふに任せることにした」

「わかりました。予定の変更を本社に連絡をしておきます。今日にでも連れて帰ったほうが良いですか?」


 土屋さんは、取り出したタブレットに情報を入力した。


「いや。そっちだってもう年末の休みに入るんだろう? 明日がうちの最終の飛行訓練だ。それが終わってからでかまわない。戻ってきたあいつの確認もあるからな」

「了解しました」


 戦技研究仕様機のT-4は現在九機。松島基地にあるのは予備機を入れて七機。その七機を基地の整備班が整備をして、残りの二機のうち、一機はこの機体を製造した民間企業で大掛かりな定期メンテナンスを、そして残りの一機は岐阜基地での通常の定期メンテナンスというローテーションで運営されている。


 機体に負荷のかかるアクロをする機体は、通常の戦闘機達よりも短いスパンで、大掛かりな定期メンテナンスを行わなくてはならない。さらに、本番直前で機体に急な不具合が起きた時のための予備機の確保まで考えると、いまがなんとか回せるギリギリの機体数だ。


「やっぱりあと一機増やさないと辛いですね」


 尾翼にステッカーを貼るために、車で牽引けんいんされていく元五番機をながめながらつぶやいた。以前は十機体制だったんだけど、先の震災で松島に残っていた一機が使えなくなり、今に至っている。


「早く予算、つかないですかねえ……」

「さて。最近は物騒になってきて、あれこれ他の方面で予算が必要になっているからな。なんとか回せている現状があるだけに難しそうだ。一機何十億だぞ? 言ったらすぐ金をポンと出してくれるような、大金持ちのスポンサーでもいれば別だが、そんな便利な財布を持っている人間なんていないんだ。現状でなんとかするしかないな」


 もちろんそれだけではなく、保守点検にかかるコストと人員のことを考えれば、簡単に調達に踏み切れないことは理解できる。だけどやっぱりもう一機、予備機が欲しいというのが現場の本音だ。


「基地の横で石油でも出ないかなあ……」

「そんな近くで出たら、ここでブルーが飛べなくなるだろうが」


 坂東三佐が笑いながら、私の頭をわしゃわしゃとなでまわす。意外と三佐は現実的だった。



+++++



 そして一年のしめくくりの飛行訓練は、朝からすべて六機で上がるものだった。少しでも飛ばない時間ができると、腕がなまるというのがパイロットの総意で、そのブランクをできるだけ短くするための処置ということらしい。そんなわけで、今日は訓練中の白勢一尉も含めたライダー候補全員が、前後ろに乗ってすべての訓練に上がっている。


 とまあ、もっともらしいことを言っているけど、要はみんな飛ぶのが大好きだってこと。お蔭でこっちも大忙しだったけれど、これが終われば冬期休暇、久し振りに一人でごろごろしながら本を読む時間が持てる。


「はあ……」


 そんな中、溜め息をついているドルフィンキーパーが一人。その人は、元気に飛び回っている六機のドルフィン達を見上げながら、憂鬱ゆううつそうな顔をしていた。


「あれ、どうしたんですか、青井あおいさん」

「ん? 一番機がメーカーでのメンテに入るって聞いてさ」


 青井一尉は一番機を担当している整備班の一人で、ウォークダウンではお客さん達の前で隊長と離陸前チェックをするドルフィンキーパーだ。そしてその青井さんは、今回の件でどうやら責任を感じているらしかった。


「整備班のせいじゃないんでしょ? なにが原因か分からなくて、機付長も頭を抱えているってうちの三佐も言ってましたよ?」

「そうなんだけどね。製造元とはいえメーカーに任せるしかないなんて、自分が無能になった気分だよ」

「そうなんですか……だけど、元気になって戻ってくるなら良いじゃないですか」

「……それは分かってるんだよ、分かってるんだけどね」


 そこでまた溜め息をつく。


「なんだか青井さん、娘をとつがせるお父さんみたい。ううん、どっちかって言うと、奥さんに逃げられた旦那さん?」


 私の言葉に、青井さんは苦笑いを浮かべた。


「ひどい例えだね、浜路さん。でも、気分はそれに似てるかもしれないな。俺には娘も嫁もいないけど」


 つまるところ、青井さんは一番機、正確には機体#725に愛着がありすぎるってことらしい。


「一番機は行きっぱなし逃げっぱなしじゃなくて、ちゃんとここに戻ってくるんですから元気出してください」

「浜路さんだったらこの気持ち、分かってもらえると思っていたんだけどなあ」


 それは私が「ドルフィンライダーよりドルフィンを大事にするドルフィンキーパー」と言われているからだ。でも最近では「ドルフィンライダーもそれなりに大事にするドルフィンキーパー」に変化しつつある。〝も〟や〝それなりに〟ってなに?って話だけど。


 とはいえ私の基本は今も変わらない。大切なのは、ドルフィンが元気に空を泳ぎ回ることなんだから。


「分かりますよ。だけど私は自分の気持ちよりも、三番機が元気に飛ぶことのほうが大事ですから。自分達の手に負えなくて、岐阜かメーカーに任せるのが三番機のためになるなら、迷わず送り出します」

「女の子は強いね」

「男女なんて関係ないですよ。あ、まさか一番機の整備班全員がそんな感じになっちゃってるんですか? 戻ってきて一番機を務めることになる#730が可哀想」

「もちろん#730も心を込めて整備するよ。それは間違いないから」


 慌てた様子でそうは言っているけど、本当のところはどうなんだか実に怪しい。


「もう青井さん、いっそのこと#725ちゃん専属になったらどうですか。きっと誰も止めやしませんよ」

「……」


 私の冗談交じりの提案に、急に黙り込んでしまう青井さん。


「青井さん?」

「……それ、名案かもしれない」

「ええ?! 私、冗談で言ったんですが!!」

「いや、真面目に検討してみるよ」

「えええ?!」


 そんな私達の会話を知ってか知らずか、今日の一番機は朝から夕方まで、ずっと御機嫌のまま今年最後の訓練飛行を元気に泳ぎ回っていた。


 次に彼等が空に上がるのは年明けだ。訓練始めの日も、今日みたいな青空のイルカ日和になりますように!

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