第八話 何故かデュアルソロ
「…………」
「…………」
『すまん、隊長から急な呼び出しを受けた。お前達だけで行ってくれ』
「なんなんですか、これ」
私は、
「さあ……もしかしたら俺の訓練のことで、隊長からなにか話があるのかもしれない」
「ですけど、それだったら白勢一尉も呼ばれますよね?」
そうは言ってみたものの、その時の隊長によって訓練方針も違うし、ドルフィンライダーの訓練については私もわからないことが多いので自信はない。
「……これは
「はめられた?」
「まあ……そんな気がするだけで、本当はどうなのかはわからないけど」
一尉は「了解しました、こちらのことはご心配なく」と返事を返すと、溜め息をつきながらスマホをポケットにしまいこんだ。
「もしかして、本当は奥さんに叱られたんでしょうか? ほら、お給料日前に二人に
「それはさすがにないと思うよ。
「そんなことないと思いますよ。寮で一緒の子が、美味しかったよって話していたぐらいだから」
寮にいるってことは、まだ曹クラスの人間で若い子ばかり。つまりそのお店は、私達でもお手軽に行ける中華のお店ってことだ。だからそんな目玉の飛び出るようなお値段のお店ではないはず。
「どうするんですか」
「どうするって?」
私の質問に一尉は首をかしげた。
「だってそうでしょ? 私と白勢一尉だけになっちゃって。もし白勢一尉のカノジョさんとか奥さんに、誤解されて殴りこまれたらどうするんですか」
「ああ、なるほど、そういうことか」
「ほら、超危険じゃないですか! もう今日は中華はあきらめて帰ります!」
「待った待った」
一尉が慌てた様子で、立ち去りかけた私の腕をつかむ。
「その点は心配ないから」
「どう心配ないのか、説明してください」
「俺には、妻も現在進行形の恋人もいない」
それはたしかに安全だ、じゃなくて。
「……」
「その沈黙はなに?」
「だって。一尉、おいくつでしたっけ?」
「三十」
ちなみに、ブルーインパルスにやってくるパイロットは、様々な飛行課程を修了したベテランで、ほとんどが三十代後半にさしかかった人達だ。正式に飛行幹部として部隊に配属される年齢は、一番早い航学出身者でだいたい二十四歳。そこから様々な資格を取得して、ブルーインパルスのライダーへの道がひらけることを考えると、一般大学を卒業してから入隊して、三十そこそこのうちにブルーに選ばれるなんて、今まで深く考えていなかったけれど、白勢一尉ってすごい。
「妻はともかく恋人ぐらい」
「現在進行形の恋人はいないって言っただろ?」
「ああ、なるほど」
「そこで納得されても困るんだけどな」
「ふられちゃったんですかって、聞かれたいんですか?」
「聞かれたくない」
「ならいいじゃないですか」
一尉はそこでふたたび溜め息を一つついた。
「それでハナヂさんはそのお店、行きたくないのか?」
「行きたいですよ。エビチリが美味しいって聞いて、絶対に食べるんだって決めてましたから。ってか、さりげなく失礼なこと言いましたね、今」
「空耳だよ。俺はその店の場所を知らないからエスコートを頼む。ああ、もちろんここは俺がおごらせてもらうから」
「連れて行ってくれるのは嬉しいですけど、
私の提案に、なるほどとうなづいてニッと笑う。
「じゃあそのプランでいこう。財布は持ってきた?」
「もちろんです。因幡一尉の奥様に今日はごちそうさましたってことで、そこのケーキ屋さんでお土産を買って渡そうと思っていましたし」
「へえ。そういうところはきっちりしてるんだね、若いのに」
一尉は奥さんに手土産を渡すなんて考えもしなかったみたいで、私の言葉に驚いた顔をしてみせた。
「若いとかそういうのじゃなくて、うちの親やその親がうるさかったんですよ、そういうことに関しては」
「浜路さんって実家はどこだっけ?」
「
「あー……」
「なんですか、その、あーってのは」
「いや。まあそういうのを気にしそうな土地柄かなって」
「……否定はしませんけど」
世間一般で、京都の人がどう言われているかを思い出して、少しだけ
「だけど、京都弁らしきものをしゃべっているのを聞いたことがないよね? っていうか、まったくなまっていないから、関東の人間だとばかり思っていたよ」
歩いている途中で一尉が質問してきた。
「それはですね、両親が転勤族で、最終的に自分達の実家がある京都に落ち着きましたけど、私と弟が物心つくころから、
祖父母の家に遊びに行くたびに、無理してそれに合わせようと頑張ってみた時期はあったけど、自分には京都弁は無理だとわかってからはあきらめている。
「あ、ここです。プリプリなエビチリだそうですよ」
外装は中華のお店というよりカフェみたいな感じの外観。看板にチャイニーズレストランって書かれていなかったら、絶対にお茶しようって入ってしまいそうな雰囲気のお店だ。
「へえ。通りの向こう側にある居酒屋にはよく寄るんだけど、ここが中華の店だとは知らなかったな」
「でしょ? 私も教えてもらって初めて気がついたんですよ」
お店に入ると、ランチタイムには少し早かったせいか、比較的すいていて、四人がけの席に案内された。椅子に座って上着と荷物を横の席に置くと、さっそくメニューをとって、二人で見ることができるようにテーブルの真ん中に置く。
「あった、エビチリセット♪ 私はこれにします」
「即決だね」
「当然ですよ、だって食べたかったんだもんエビチリ。一尉はなににします?」
そこで一尉は困ったような笑みを浮かべた。
「非番の時ぐらい、その呼びかたはやめてもらえると嬉しいんだけどな」
「あ、そっか。じゃあ白勢さんで。……なにか御不満でも?」
「いや。それでかまわない。じゃあ俺はこっちの酢豚セットにしようかな。せっかくだし、単品で唐揚げか
「食べ切れるかな」
食べ切れるかなと心配になったけど、目の前に男の一尉がいるから大丈夫かな。それに私も
「まだ食べてないのに、すでにデザートの算段かい?」
「たぶんセットにミニ杏仁がついてきそうなんですけどね。次に来る時のための偵察みたいなものですよ。このライチのシャーベットも捨てがたいなあ……」
しばらくして、それぞれのセットが出てきてテーブルに置かれた。そしてその横には
「海老、噂どおりのプリプリですよ」
幸せな気分で海老をほおばる。そんな私のことを楽しそうにながめていた一尉が、ふと思いついたような顔をした。
「もしかして浜路さんは海老好き?」
「どうしてわかったんですか?」
「だってほら、昨日の昼にも海老フライを食べていたからさ」
「ああ。そうなんですよ、大好きです。昨日の海老フライも十本ぐらい食べたかった。でもおばちゃんにそう言ったら、問答無用でコロッケを入れられました」
「それでコロッケを俺に押しつけたってわけか」
なるほどねと笑う。
「コロッケより海老フライが欲しかったです。そしたら白勢さんに渡すのはキャベツになっていたかも」
私の言葉に笑いながらお
「お
「そうかな、意識したことはなかったけど」
仕事柄のせいか、人の手やその手つきが気になるほうなんだけど、白勢一尉のお箸の持ちかたとか、ご飯茶碗を持つ手つきとかすごくきれい。指が長いせいかな? たしかに
「浜路さん、そんなに見つめられると落ち着かないよ」
「あ、ごめんなさい。食べるのに集中します」
「お願いします」
+++
「このあとは、すぐに帰らなくちゃいけないのかな?」
「そんなことないですよ。門限までに帰れば問題なしです」
「だったらせっかくの休みだし、うみの
お腹いっぱいで満足しながらお店を出たところで、一尉がそう提案してきた。その水族館までは、ここから電車を乗り継いで一時間足らず。距離や時間的になんのも問題はない。
しかも同僚とはいえ男の人と。
「なんで水族館なんて思いついたんですか?」
「ん? それは俺がイルカ乗りで浜路さんがイルカの飼育員だから、かな」
「なるほど! 座布団一枚あげます!」
そんなわけで、なぜか私達はそのまま少し足をのばし、うみの
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