詠み人とAIと初心者と

津田梨乃

詠み人とAIと初心者と

 朝起きるのが早くなった。

 それは僕が『詠み人』に選ばれてから、最初に表れた変化だ。


 選ばれる前は、遅寝遅起が基本だったけれど、トリというお目付役が着いてから、早寝早起が身についてしまった。見た目はフクロウみたいなくせして、全然夜行性じゃないんだ。


「本当は、フクロウじゃないんでしょ?」

「ホーホー」

「そんな鳴き方してなかったよね!?」

 誤魔化されてしまった。



「あ。かたりー。なにかおはなし聞かせろー」

 馴染みの公園に入ると、見知った顔に声をかけられる。最近、仲良くなった近所の子どもだ。

 一度、『詠目』でつくった物語を諳んじて聞かせてあげて以来、こうして話をせがまれるようになった。


「やあ、シャノン。お安い御用さ」

 物語を愛する人が増えるのは良いことだ。僕は、さっそく昨日作ったばかりの物語を話してあげた。


 子どもは、反応がころころ変わるから面白い。目を輝かせたり、時にはしかめっ面したり、怯えた方思うと、笑顔になっていたり。

 時々、こちらが意図せぬ鋭い突っ込みをしてくれたり。


 そして最後には、夢見心地のように言ってくれる。


「はあああ。おもしろかったなあ」


 作者冥利に尽きる読者だった。



「なあなあ。おれにもつくれないかな? 物語」

 今日もいくつかの話を聞かせた後、シャノンは目を輝かせながら聞いてきた。僕は、間髪いれずに答えてあげる。


「もちろんさ! 誰にだってつくれるよ!」

 前まで本といえばもっぱらマンガや雑誌だった。そんな僕が言うのだから間違いない。自信を持つところでもないけれど。


「どうやって書いたらいいんだ?」

「……それは」

 答えに窮してしまった。自分の小説作法は、『詠目』に依る部分が大きい。だから一般的な小説作法は、全くわからないのだ。


「か、書けばわかるさ!」

 だからそんな根性論みたいなことを言ってしまう。我ながら無茶だとわかっている。読めばわかる、と同じように考えてはならないのだ。



『さっすが選ばれた人は、言うことが違いますね! 素敵です! 私なら到底言えないセリフです!』


 僕の携帯端末から、声が漏れた。


「あ。ばーぐ」

 シャノンが反応する。懐から端末を取り出すと、画面一杯にニコニコ顔のバーグさんが映し出された。


『ごきげんよう。二人とも』


 彼女は、リンドバーグ。カクヨムにアクセスすれば誰でも交流できる自律型AIだ。シャノンとも面識があり、こうして話に入ってくることもしばしばだった。

 そもそも、なぜ僕の端末を勝手に起動できるのか。怖くて聞けないでいる。きっとトリの差し金だ。そう思うことにしていた。


『僭越ながら、わたくしリンドバーグ。天才肌のノヴェルさんに代わって、小説の作法をお教えしますよ』

 天才肌、という部分を殊更強調させて言われる。

「天才じゃないってあれほど……」

 僕の悲痛な叫びを無視して、バーグさんは講義に入ってしまった。


 講義は堂に入るものだった。さすがカクヨム専属のAIだ。思わずメモを取りたくなるような事柄が次から次へと出てくる。シャノンの手前、訳知り顔で頷くのが精一杯だったけれども。



「はあー。ものがたりにも、いろいろるーるがあるんだなあ」

『すべてが必須、というわけではありませんけどね』

「なんか、おれにはむりな気がしてきた……」

 シャノンは、目に見えて沈んでしまう。予想以上に覚えることが多くて、頭がいっぱいなのかもしれない。

 言葉をかけたいけれど、なにを言えばいいかわからなかった。己の未熟さを痛感する。


『そんなことありませんよ。シャノンさん』

 優しい声がした。僕には決して向けられない慈愛に満ちたバーグさんの声だ。ちょっと羨ましい。


『最初は誰だって初めてなんです。ノヴェルさんだって、まだまだ修行中なんですから。それにね。チョコレートの箱は開けてみるまでわからない、ですよ』

 バーグさんは、名作映画の台詞で締めくくると、意味ありげな視線を僕に送った。AIも映画を見るのかな、と素朴な疑問を抱きつつ、その意図をすぐに汲み取る。


 それってつまり?


「『「書けばわかるさ!!」』」


 トリが遠くで、ほおほお鳴いた。




「それにしてもバーグさん、ちゃんとサポートできるんですね」

『なんです? 喧嘩をお売りになってます?』

「ち、違いますよ! なんか僕にはすごい当たり強いから! ひょっとしたら、ただの罵詈雑言AIなのかと」

『よろしい。戦争です。さしあたりノヴェルさんのパソコンをハッキング後、自作の詩集を全国ネットに』

「や、やめて! ごめんなさい!」


 僕が平謝りしていると、不意に袖を引かれた。


「な、なあ。もし。もしさ。おれの物語ができたら、かたりーは読んでくれるか?」

「もちろんだよ。いの一番で読みに行く!」

「そっか……。そっかそっか! よし、まってろよ! ものすごくおもしろいちょーたいさく読ませてやるからな! かくごしとけ!」

 そう言って駆けていってしまった。


 その後ろ姿を見て、自分も頑張らないといけないと思った。

 なんだかやる気がもりもり湧いてきた。




「それにしても」

 僕は、ふと疑問を口にする。

「小説の書き方なら、最初からバーグさんに聞けばいいのに、なんで僕なんかに聞いたんだろう」

『……ノヴェルさん。それ本気で言ってるのです?』

「え。うん」

 僕の言葉に、バーグさんは感慨深そうにため息をついた。


『詠目にも弱点があるんですねえ。こんなこと、AIの私でもわかるのに』

「んん。どういうこと?」

『女心も読み取れないな・ん・て』



「……え!?」



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

詠み人とAIと初心者と 津田梨乃 @tsutakakukaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ