木曜日

17プトラ 少年ジャンプが好きな少女

 翌朝。


 ベッドの中で、枕元に置いてあったスマホを手にすると、なんとなく『LINE』を開いてみた。


『LINE』のトップニュースに、『サンドウィッチマン・初代P-1チャンピオン』と挙がっていた。なんて、名誉で不名誉な称号なのだろう。


 しかし、流石は『サンドウィッチマン』だ。改めて彼らの凄さを思い知った。


 俺は、複雑な気持ちを胸の奥へと押し込み、ベッドから降りると、大学へ行く準備に取り掛かる。


 今日は、リンゴが退院する。


 水曜日の授業は、幸いなことに、1限が終わればその日の授業は終わりである。リンゴの帰りを家で待っていよう。恐らく、昼頃には帰って来るのではないだろうか?


 そして、一緒にDVDで『ハムナプトラ』を観るんだ。


 ドキドキハラハラすることはないが、リンゴの退院祝いだと思って頑張ろう。


 俺は、大学へ行く準備を数分で済ませると、足早に家を飛び出した。今日は何だか心が軽い。やっと、リンゴが帰って来る。リンゴの家のドアが壊れたままなのは少々気になるが、有っても無くても変わりはないだろう。


 色々考え事をしながら、俺は、1限の授業が行われる教室へと到着した。


 俺は、一番後ろの席を確保する。今から『物理学』の授業なのだが、あまり好きではない。


 授業が始まるまで、ただ真っ直ぐ黒板の方を眺めていた。


「ねぇ、最近リンゴはどうしたの?」


 突然の声に、前方から右へとサッと視線を移す。隣には、いつの間にか、友人のナツが座っていた。彼女とは、大学で知り合った、俺とリンゴの共通の親友である。


『少年ジャンプ』を心から愛する、少し変わった少女だ。彼女は、自称・強化きょうか系。


「リンゴな、実は体調崩して入院したんだよ。」


「まじ!? それ、大変じゃん!」


 ナツは、教室中に響き渡る程の声を出した。何人かが、俺らの方を不思議そうにチラッと見る。


「いや、でも今日退院できるんだけど……。」


「あ、そうなんだ。で、原因は何なの?」


 原因……。


 恐らく、『ハムナプトラ』を観れないことに対するストレスなのだろうが、それを説明したとして、ナツは、納得してくれるのだろうか?


「多分なんだけど、リンゴだけ、どうやら『ハムナプトラ』が観れないみたいなんだ……。」


「え? 『ハムナプトラ』が観れない!? 毎日、24時間、テレビは、『ハムナプトラ』だらけじゃない……! だから私、最近テレビ観るの止めちゃったよ。」


 俺は、そこでハッとした。


「ナツ! お前、もしかして『ハムナプトラ』見飽きているのか!?」


「見飽きたに決まってるじゃん! 毎日観たい人なんて、リンゴ以外に存在するの?」


 ここ数日で、初めて出逢った。


『ハムナプトラ』を見飽きたと言う人間に。俺は、歓喜した。


 確かに、リンゴはおかしくなっていた。だけど、正確には、おかしくなっているのは、恐らく


 周りの人間は、『ハムナプトラ』だらけになった世界を平然と受入れている。


『ハムナプトラ』を観れなくなったリンゴ。


『ハムナプトラ』を観れるが、それに違和感を感じている俺。


『ハムナプトラ』に包まれた生活を毎日送っているが、飽きることなく毎日ドキドキハラハラしている


 そしてナツは、なんと俺と同じタイプの人間であった。

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