12プトラ 白衣の女神様

 やはりリンゴは、俺と違う物を見ていたようだ。話を聞く限りだと、おかしいのはリンゴ一人の可能性が高い。


 俺も実際に毎晩、『ハムナプトラ』に苦しめられていたし、バスの中にいた女子高生もハムナトークをしていた。


 何故、『ハムナプトラ』の大ファンであるリンゴに限って、このようなことになってしまったのかは、謎であるが。


「ダンゴ……。アンタも毎晩、『ハムナプトラ』を観ているんでしょ?」


 リンゴの前で観ていないとも答え辛かった。リンゴの目は涙ぐんでいる。相当、『ハムナプトラ』が観れないことが悔しいのだろう。


「俺は……リンゴには悪いが、『ハムナプトラ』は観ていない……! リンゴからしたら贅沢に見えるだろうけど、俺は……お前と『ハムナプトラ』を観たいんだ!」


 俺は、決して嘘をついてはいなかった。これが本心だ。リンゴとなら、『ハムナプトラ』だって観れる。


「ハハッ! ダンゴったら、何で格好つけたこと言ってるのよ! そんなキャラじゃないでしょ?」


 リンゴは笑いながら言った。惚れて欲しくて放った言葉ではないが、ちょっぴりショックだ。だけど、久しぶりにリンゴの笑顔を見ることができた。


 俺の表情も段々と和らいで来る。


 そんな中。


「あら、リンゴちゃん、お友達?」


 俺は、突然の背後からの声にビクッとした。


 振り返ると、そこには一人の看護師が立っていた。俺は、その看護師の全身を目に入れると、思わず口が半開きになってしまった。


 これ以上、白衣が似合う女性はいるのだろうか?


 満面の笑みから滲み出す優しさ。俺の笑顔も、リンゴの笑顔も、彼女の前では不遜である。彼女の笑みに比べれば、俺らの笑顔なんて、とても笑顔と呼べる代物ではない。


 彼女と目が合った瞬間、全身は雷鳴に打たれたか如く痺れ、俺の中で何かが湧き上がった。


 心の中の俺自身は、余りの衝撃に押し潰され、地面を爬行はこうして進むことしか出来なくなっていた。


「あっ、もえさん!」


 萌さん……?


 リンゴは、彼女と既にフレンドリーな関係になっているようだ。


 彼女の名札には、『中村』と書かれている。


 中村 萌と言うのが、この白衣を纏った女神様の名前なのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る