6プトラ 有名な医師、亜房

 目の前で、さらに意識レベルが低下したリンゴ。俺の頭の中は、大パニックだった。まさか、このまま目を覚まさないのではないか? そんな不安すら過ぎる。


 しかし、救急車は速かった。


 あっという間に、近所にある全国的にも有名な、亜房あぼう総合病院へと搬送された。


 救急隊から、病院の医師らへとリンゴの身が委ねられる。


 俺も、運ばれて行くリンゴの後を追って行く。


 しかし。


「すみません、付き添いの方はあちらの部屋でお待ち下さい。」


 とある一人の医師に、俺は、リンゴが運ばれて行った部屋とは違う部屋へと案内された。


「ボクが必ずなんとかしますので。」


 名札には、『亜房あぼう 』と書かれていた。


 スタイルは細く、顔は幼さが滲み出ている。一見すると頼り無さそうだが、その腕は全国的にもトップレベルだと聞く。そんな医院長自らが、リンゴの治療に当たってくれるのならば心強い。


 亜房あぼう先生は、俺を別室まで案内し終えると、小走りで消え去っていった。


 今、俺が居るのは、いくつかの黒いソファがあるだけの部屋。そこには別の人間も3人居た。人のことは言えないが、皆、表情が暗い。


 その中に、俺も寂しく加わる。


 頼むから無事であってくれ。そしてやはり、救急車の中でリンゴが言い放った『ハムナプトラ』。もしかしたら、本当にリンゴの身に起きた異変と関係があるのかもしれない。


 俺ら二人は、日曜日に間違いなく同じ『日曜洋画劇場』を観ていた筈なのに、次回予告が明らかに異なっていた。


 リンゴは、来週は『ダイ・ハード』だと言っていた。それに対し俺が観た予告では、来週どころか二夜連続の『ハムナプトラ』。こんな摩訶不思議なことが起きていいのだろうか? リンゴもあの日、決して冗談を言っているような顔では無かった。


 俺も、あの予告は見間違いではないし、実際に二夜連続で『ハムナプトラ』が放映された。そして更に、アレが夢で無ければ、今夜の日曜洋画劇場も『ハムナプトラ』だ。


 実際は火曜日なんだが……。


 最悪、リアルな『火曜サスペンス劇場』が開幕してしまう。


 一体、俺とリンゴは、どちらがおかしくなっているんだ?


 それすらも分からないでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る