その花火は鳴り止まない。
七荻マコト
その花火は鳴り止まない。
空が雲で覆われ、稲光が走る。
大きな音を立てて黒く蠢く球体は突如学校の校庭に現れた。
「なんだ、なんだ?」
「あれ何?」
「おおお!何だあれ!」
「宇宙人の侵略かぁ?」
「未来からの来訪者よ」
「腹減ったなぁ」
教室中が騒めく。
丁度下校時刻になったばかりなので、学校にはまだ沢山の人が残っていた。
既に校庭にいた生徒達は、最初こそ悲鳴を上げたり逃げ回っていたが、動かない球体に今では畏怖より興味が勝り、球体を取り囲んで写真や動画を撮ったりと、お祭り騒動に発展していた。
「これ、どうなってるんだぁ?今から触ってみまーす!」
一人の生徒が友達に動画を撮らせて実況しながら黒い球体に触れた。
その瞬間、触れた生徒が暗黒に染まった。
取り込まれたのか、移ったのか、人の形は保っているものの、頭の天辺から足の先まで暗黒に染まってしまったのだ。
「ぎゃぁぁあああぁぁぁぁぁあああぁ!」
撮影していた生徒やそれを見ていた周囲の生徒達から悲鳴の嵐が巻き起こる。
暗黒に染まった生徒が、近くの生徒の腕を掴むと、その生徒も黒い闇の人に変わってしまう。まるで飢えた獣のように、暗黒の生徒は手当たり次第に周囲の生徒に触れていき、一瞬で全員を暗黒に染めていく。
校庭は阿鼻叫喚の波に包まれた。
あちこちから上がる悲鳴。
新たに染まった生徒からも感染して、鼠算式に瞬く間に校庭は影の人で溢れていた。
「なんだ、これは」
騒ぎを聞きつけて校庭に出た風紀委員の
「あらら、なんだか面白いことになってるね」
後から追随して、元ヤンキーだったが、今では春日の彼女である
「桜、出てくるな。巻き込まれるぞ」
「ここまで騒ぎになってたら何処に居ても一緒だし、ハルが心配だしぃ」
「まったく…」
ハルは眼鏡を外すと折り畳んで胸ポケットに納めた。
「どうやら、あの黒い症状は人の肌に触る事によって伝染しているみたいだな」
「さっすがぁ、学年首席の洞察力は伊達じゃないねっ」
「首席の僕を褒めても桜の出席日数は誤魔化せないぞ」
「ぶぅ、その話は後回しでいいじゃない」
「ようやく桜が進学を前向きに相談してくれたんだ、こんな騒ぎ直ぐに治めるぞ」
指をポキポキ鳴らして持ち物検査用の白い手袋を装着する。
「では、行ってくる」
一陣の風の如く、ハルは感染者の群れに飛び込んだ。
飛び込んだ勢いで目の前の感染者に正拳突きを打ち込むと、衝撃で黒い靄のようなものが飛び出して霧散する。
殴られた生徒は、元に戻り外傷はなく、その場に崩れるように倒れた。
「ふぅ、何とかなりそうだな」
それを見届けながら、左の感染者に右回し蹴りを打ち込み、蹴った足を軸に飛び、奥の感染者へ飛び蹴りを叩きこむ。
着地と同時に肘打ち、掌底打ち、を左右にヒットさせると、体捌きで感染者の襲撃を後ろに躱し、距離を取って中段に構え、息を吐く。
「これは、数が多いな。骨が折れそうだ」
黒一色の人で埋め尽くされた目前に意識を集中させる。
「通信空手で鍛えた腕を舐めるなよ!」
啖呵を切って再び突撃する。
しかし、数の暴力に圧倒され、背後を取った感染者がハルにに掴みかかる。
所詮通信空手、避けられない。
絶体絶命、感染者の手が触れる寸前、感染者は横から蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。
「私のハルに手は出させないよ」
蹴った勢いで踊るように回転した桜は、そのままハルと背中合わせに立ち、型もへったくれもない喧嘩のスタイルで構える。
「桜、君は俺が守ろうと思ってたのに…」
「まぁまぁ、ハルと背中を合わせて戦えるのは私くらいじゃない?」
「とんだお姫様だよ、だが助太刀は有難い」
ヤンキー時代は『鮮血の芝桜』の二つ名があったほど有名な桜は、正直本気を出すとハルより強いのは明らかだった。
だって、ハルは所詮通信空手だし。
ひらりと舞うスカートから繰り出される蹴りは、計算されつくしたように中がギリギリ見えないように輪舞を踏む。
「あ、ハル今見ようとしたでしょ、エッチ」
「な、なにを…、いや、そりゃ見ちゃうだろ、そんなヒラヒラさせるんじゃな~い!」
「でも、ハルになら、いいよ…」
「な、なん…だと…」
頬を赤く染めて振り抜く拳に力が入る。
軽口を叩きながらも次々と昏倒させていく二人。
「このままじゃ埒が明かないな…対策を考えよう。戦いながら校外に助けを求めるか、校内に戻って籠城するか…」
試案を巡らせながら戦っていると、校門から二人の人影が入ってくるのが見えた。
活発そうな少年は肩掛け鞄から紙が零れ落ちるのも気にせず、ベレー帽が似合う可愛らしい少女の横ではしゃいでいた。
「ああ、バーグさん!ここだよこの中!」
「ほら、やっぱり…あなたは方向音痴なんだから、私のナビ通りに来て正解でした!」
感染者の間を縫うように歩いてくる二人。 どういう訳か、感染者はこの二人を襲おうとしないのである。
「君たちは、何者だ?」
近くまで来た二人に問いかける。
「僕はカタリィ・ノヴェル。世界中の物語を救う為に、心の物語を送り届けたりしている詠み人だよ。カタリって呼んで」
無邪気に笑いながら、ハル達に近づいてくる少年。
「私はお手伝いAIのリンドバーグです!そこの作者様を連れ戻しに来ました」
口調は淡々としているが、愛くるしい笑顔は万人を虜にしそうな魅力があった。
ハルと桜は感染者たちに警戒しながら、二人のもとに駆け寄る。
「作者様というのはあの黒い球体のことか?」
「そうです!カクヨムで短編を書いていた駆け出しの作者様なんですよ!」
コクコクと頭を縦に振るバーグさん。
「『カクヨム』?よく分らんな」
「あ、私知ってるよ。ネットで小説を投稿したり読んだりできるやつでしょ」
桜がスマホを取り出すとハルにwebページを開いて見せる。
「そうなんです!その作者様が暴走しちゃいまして。ネタが尽きたことにより暗黒面に落ちて、ネタを探して手当たり次第に物語を貪っているんです、嘆かわしいです!」
嘆かわしいという割には笑顔のバーグさん。
「説明を聞いてもよく分らんが、君たちならこの状況をどうにか出来るのか?」
「はい!僕らとあなた方の力があれば」
カタリがウインクする。
「僕たちの力も必要なのか、いいだろう。この状況を打破出来るなら力を貸そう。桜もいいよな?」
「うん、早く終わらせてハルとイチャイチャしたいからねっ」
「こ、こら人前では自重しろ」
付き合うようになって抱きつき癖がついた桜に、未だ照れてばかりのハルは純情街道まっしぐらで、そこがまた桜の恋心を擽っている。
「二人とも協力ありがとう。じゃ早速始めちゃうよ!」
掛け声と共にカタリの左目が青白く輝く。親指と人差し指をピンと伸ばし、左目の前に四角い形を作ると、目の輝きがさらに増した。
「二人の物語を作者に届けるね!『
輝いた左目の力で、ハルと桜の胸から形となった言葉が溢れ出し、文字の奔流が空中を揺蕩う紙に吸い込まれていく。
滅びの魔法を唱えるわけでもないのに自然と恋人繋ぎで手を握り合う、ハルと桜。
幻想的な光景になにやらテンションが上がってる恋人たちが羨ましい作者様は必死の抵抗で感染者を嗾けようとするも、
「作者様!今日の更新がまだですよ~。カクヨム3周年選手権は頑張るはずじゃないんですか?!」
バーグさんの呼びかけで動きが止まる。
うああ、耳が痛い。そりゃ仕事しながら書いてたら時間が無い時もあるよ。
「自分で頑張るぞって意気込んでいたのに…」
そ、それは、ほら、理想と現実と言いますか…。テンションが乗らないと言いますか。書くのに勢いが大事と申しますか。寝ぼけ眼でアップして後から誤字脱字を見つけた時の恥ずかしさにやられてるというか。
「誤字脱字も作者様の味ですよ、下手なりに書いてもいい場所なんですよ!下手なりに!」
ぐはぁ、下手なりを2回も言わなくたってぇ…しくしく。
励まして支援しているつもりが、作者様に大ダメージを無意識に与えているバーグさん、恐ろしい子!
そうしているうちに、ハルと桜の心の中から紡がれた一篇の小説が完成する。
「じゃ、仕上げ!いっくよぉ~!」
カタリが、出来上がった物語を作者様へと届ける。
「作者さん!お届け物です、受け取って下さい!」
球体の中に吸い込まれていく一篇の小説。
次の瞬間、黒い球体は爆発四散した。
それは光の筋となって上空に舞い上がり、空を覆っていた雲は一瞬で晴れ、もう辺りが暗くなった夜空の星々を背に火花を散らす。
バーン。
ドーン。
それは綺麗な花火に他ならない。
いくつも打ちあがる花火は、色とりどりの花を咲かせる。
感染していた生徒たちは皆解放され、その生徒達からも黒い影は立ち昇り、花火となって夜空を照らす。
突如始まった花火大会に生徒たちは、騒ぎ、戸惑い、喜び、踊る。
学校はもはやお祭り状態だった。
「カタリ、バーグさん。助かったよありがとう」
ハルは花火を背に二人にお礼を述べる。
「あはっ、僕は色んな人との出会いがあるからこの仕事が好きなんだ。君たちと…君たちの物語と出会えて楽しかったよ」
「私も、作者様を支援すると決めていますので!さあ行きますよ、作者様!」
球体から放り出された満身創痍の橋本青は、バーグさんに支えられて去っていく。
「あ、カタリ。最後に一つ聞いていいかい?」
「なにかな?ハル」
「ずっと続いてるけど、この花火は何時止むんだ?」
「ああ、これはね。カクヨム3周年記念選手権が終われば自然と止むよ。今はお祝いみたいなもんだから、もう少しだけお祭り気分に浸っていてねっ」
花火は鳴り響く。
おめでとう3周年!
目指せ、4周年!
カタリとバーグさんに支えられて、今日もカクヨムで新しい一篇の小説が生まれる。
その花火は鳴り止まない。 七荻マコト @nana-mako
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