第2話 月下のお茶会
ティーナとジョックスは目隠しをされ、縛られた手を引っ張られて歩かされていた。見えないが気配で数人が周りを取り囲んでいることが分かる。会場で二人を拘束した騎士たちではないことは足音から分かった。鎧の金属音がしないからだ。
あの後二人は騎士たちに囲まれ、拘束された。騎士たちはジョックスの弁明も聞かず、二人を乱暴に馬車に押し込み、薬をかがせて眠らせた。二人は眠っていたのであれからどれだけ経ったのか知らない。
足の裏の感覚から、歩かされているところが土の上だということは分かる。それが数分も歩くと固くなり、岩肌に変わった。
「止まれ」
二人は言われた通りに止まった。馬車に入れられる前は叫んでいたジョックスも、無駄だと分かり、静かにしている。
ギィィィ
扉の開く音がした。
「降りろ」
男がティーナの背をつついた。
踏み出したつま先が宙に浮いていることに気づく。もう一歩足を動かせば、段差を降りることになるのだろう。
案の定、足を踏み出すと身体が下がった。もう一歩踏み出すとさらに下がったので、階段を降りているらしいことが分かった。
ティーナは一歩一歩注意して階段を降りていった。緩く左に曲がっている。どうやら階段は婉曲しているらしい。
十段前後降りたところで、ティーナが足を止めた。ティーナの手を縛った縄が前に引っ張られる。しかしティーナは動かない。
「どうした」
ジョックスに剣を突き付けた、青鈍色の髪の男のものと思しき声が問いかける。
「疲れたわ。もう歩きたくない」
ティーナはふぅと息を吐いて答えた。
男は黙った。誰かが息を飲む音が聞こえた。
「俺が抱えますよ」
ティーナの後ろからジョックスが言った。
「良いですよね? こうなっちまった姫様は動かねぇですよ」
「……早くしろ」
男の許可が下り、ジョックスは慎重に一歩を踏み出してティーナに近づいた。身を少し屈め、ゆっくり手を動かして小さな主の姿を探す。
ふわりと花の香りがして、ティーナの位置が分かった。
「姫様」
声をかけて縛られたままの手を出す。
「ジョックス?」
ティーナも声をかけ、自分の肩に触れた手を触って確かめた。
傷だらけ、豆だらけの大きな手だ。ごわごわしていてお世辞にも綺麗とは言えない。
ティーナにはそれがジョックスの手だということが分かった。
ジョックスにも触っている手がティーナのものだと分かった。こんなにも小さくて柔らかいすべすべの手はティーナしかいない。
ジョックスが身を屈める。するとティーナはジョックスの手を踏み台にして彼の腕の中にすっぽりと収まった。
「大丈夫ですか、姫様」
「大丈夫よ」
それからジョックスはティーナを軽々と抱えた状態で階段を降りた。どのくらい降りたのかは分からない。ただ、永遠に続くのではないかと思えるほど長く感じられた。
「止まれ」
階段を降りきり、少し進んだところで再び止まるよう命じられた。
またキィィィと扉が開く音がする。今度は金属の音だな、とジョックスは思った。
「入れ」
背中をつつかれ、ジョックスは足を出した。
雨水と土が混ざったようなにおいに鉄さびのにおいが混じっている。じめじめと湿っぽく、ひんやりとしている。ざり、と立てた足音が反響する。風がなく、滞った空気が肌を舐める。
地下牢か、とジョックスは予想した。
「目隠しを外してやる。少し屈め」
言われた通りに屈む。すると視界が晴れ、辺りが見えるようになった。数回瞬いてぼやけた視界を元に戻すと、やはり、地下牢のようだった。ランプの橙色の光が剥き出しの岩肌に鉄格子を埋め込んだ何もない部屋を照らしている。
「……趣味の悪いお部屋だわ」
ティーナが呟いた。ティーナも目隠しを外してもらったらしく、薄い茶色の目を細めている。
「貴様らは裁判の時までここで過ごしてもらう。一人ずつ牢に入れ」
仮面をつけたままの青鈍色の髪の男が指示した。しかし、ティーナは首を振って拒否した。
「いやよ。こんなところ、足をつけたくないわ」
「言うことを聞け」
「いやよ」
ティーナはそっぽを向く。
青鈍色の髪をした男はピクリと眉を動かし、ティーナに手を伸ばした。その手をジョックスが肩で払った。
「俺がずっと抱えてますよ。それくらい許してくれねぇっすか。この通り、うちの姫様はワガママで、言うこと聞かねぇと口も利いてくれなくなるんです。お前らもそれは困るだろ」
ジョックスは青鈍色の髪の男を睨んだ。男はジョックス、それからティーナを一瞥してから頷いた。
「良いだろう。ただし手は縛ったままだ。それで良いのなら、二人で一つの牢に入ることを許す」
「せめて姫様のだけ外してくれねぇっすか? 姫様はバターも切れないくらいの非力なんで姫様を自由にしたって何もできねぇっすよ」
「あらジョックス! バターくらい切れるわよ!」
ティーナは頬を膨らませて怒った。状況を理解しているのかいないのか、不自然なほどティーナはいつも通りだ。それが何だか妙に肩の力を奪い、ジョックスは脱力した。
「姫様ぁ。そんなこと言っちまったら姫様の縄、外してもらえねぇですよ。せっかく俺が交渉して外してもらおうとしたのに……」
「このままでいいわ。貴方の縄が解けないのなら意味がないもの」
つんとした態度で言う。ジョックスはため息交じりに「そうですか」と返した。
「話がまとまったようだな。では牢に入れ」
青鈍色の髪の男が追い立てるように促す。ジョックスは青鈍色の髪の男を一睨みしてから身を屈めて牢の中に入った。
騎士姿の別の男が牢に鍵をかけ、青鈍色の髪の男はその場にいた騎士を引きつれて離れて行った。ジョックスは全員の足音が聞こえなくなるまで気を張っていたが、完全に足音がしなくなると大きな息を吐いてどっと座り込んだ。背を壁につけ、天を仰ぐ。
「……なぁんでこんなことになっちまったんですかねぇ」
「さぁ。わたくしの知るところではないわ」
ティーナはさらりと答える。ジョックスは眉間にしわを寄せた。
「どうするんすか姫様。俺たち何もしてねぇのに殺されちまうかもしれねぇですよ」
「どうするも何もないわ。わたくしたちは何も知らないのだから、何のしようもないわ。何かを知っている誰かが何かをするまで、わたくしたちはこのままよ」
「姫様、状況分かってんですか? 絶体絶命ですよ、俺たち」
「分かっていないからこうして捕まっているんでしょう」
「姫様の言ってること、分かんねぇ」
ジョックスははぁぁと大きなため息を吐いた。ずるりと背中が壁を滑り、ティーナとジョックスの視線が合った。
「ジョックス、疲れたの? よく眠れるように子守歌を歌ってあげましょうか?」
何だか会話するのもバカバカしくなってきて、ジョックスは目を閉じた。するとティーナはそれを肯定と受け取ったのか、可愛らしい声で子守歌を歌い始めた。
ティーナやジョックスの住む田舎の子守歌だった。幼い頃、まだジョックスが拾われて間もない頃、ティーナが歌ってくれた子どもをあやす歌だ。
限りなく無音に近い地下牢に、ティーナの歌声が反響する。
歌声が澄んでいるからだろうか。それとも幼い頃から聞いている、親しんだ歌だからだろうか。とにかくジョックスは心が安らいでいくのを感じた。
「……相変わらずですねぇ姫様は」
自分だけが焦っていてバカみたいだったとジョックスは思った。
ジョックスの唇に笑みが灯ったことを確認したティーナは、ふふ、と笑ってジョックスの頬をつついた。
「貴方も相変わらず手のかかる子だわ」
はは、と笑いを漏らすジョックスの目に、縛られて赤くなったティーナの手首が映った。途端、ジョックスは眉を寄せて奥歯を噛んだ。
「すみません、姫様。……俺がついていながら、こんな怪我させちまって……。姫様をこんな目に合わせるなんて、あいつら許せねぇ……!」
穏やかだったジョックスの目がみるみるうちに燃え上がっていく。ジョックスの怒りは、ティーナをこんな目に合わせたあの男たちと、半分は自分に向けられていた。己の不甲斐なさに腹が立つ。用心棒としての役割しか果たせないのに、それも出来ない自分に腹が立つ。それが余計にあの男たちへの怒りを募らせていた。
「本当に手のかかる子」
ティーナはジョックスの眉間に寄っていたしわを揉んだ。
「身体から溢れるほどの憎しみを抱くものではないわ。抱えきれない分は忘れなさい。貴方はわたくしさえ幸せなら、幸せでしょう?」
「今、姫様は幸せなんですか?」
「もちろんよ! わたくしはいつでも幸せよ。わたくしがわたくしである限り、わたくしは幸せなの。大丈夫よジョックス。今に幸運が舞い込んでくるわ。わたくし、昔から運は良いもの」
ティーナは大きな胸を張ってみせた。いつもの調子だ。ティーナは何があってもいつもの調子を崩すことがない。肝が据わっている、度胸があると言うべきなのだろうが、いかんせん幼く見えるからか、ただの向こう見ずのようにも思えた。
「敵わねぇっすねぇ、姫様には」
ジョックスはまたはは、と声を出して笑った。身体から余分な力が抜けていく。身体が弛緩するのと共に、ふぁぁ、と大きなあくびが零れた。我ながらこんなところであくびなど、とジョックスは心の中で己を笑ってやる。
「もう一度子守歌を歌ってあげるわ。ゆっくり休みなさい」
いや、と断ったが、いいから、とティーナは歌い始めた。
綺麗な歌声だ。目を閉じればここが牢の中だということを忘れるくらい、心の安らぐ歌声だった。
キィィィ……
ティーナの歌声に金属の扉が動く音が重なった。コツコツという足音もする。
ジョックスはいつの間にか閉じていた目を開け、ティーナは歌うのを止めた。
「素晴らしく素敵な歌声につられてきてしまったよ。やぁ。ようやく会えたね若草の君。貴方が消えてしまう前に会えて良かった」
牢の前に立ったのは、鳶色の髪を右側だけ編んでまとめた男。服の色は赤とまた派手だが銀の仮面はしておらず、整った顔が露わになっていた。
「……小鳥は元気?」
問いかけると鳶色の髪の男はにっこりと笑みを深くした。
「えぇもちろん。今は籠の中で羽根を伸ばしていて会わせてあげることは出来ないけれど、代わりにこんなものはどうかな? きっと気に入るよ」
掌を見せて何も持っていないことを強調した右手を握り、くるりと回す。すると何も持っていなかったはずなのに、男の手から鍵が出てきた。
「素敵な芸ね」
「お褒めに預かり、光栄です」
こんな時でもティーナは男を褒めた。
「逃がしてくれるってわけじゃねぇっすよね?」
代わりにジョックスが警戒して問いかける。すると男はにこりと笑った。
「まさか。今はまだ第一幕の序章が終わったところ。逃がすにしても、もう少し後でないと盛り上がらない。私がここに来たのは、若草の君と話がしたいという、寂しい一人の男のためなのさ。若草の君。これからその男の元へ案内しよう」
キィ、と牢の鉄格子が開く。
男は左手を出していた。まるでダンスに誘うかのように。
ティーナとジョックスは顔を見合わせた。
「もちろん、大木くんも来てくれて構わないよ。さぁ、若草の君。身の毛もよだつ楽しいお茶会に招待しよう」
芝居がかった声色で男は言った。
もう一度顔を見合わせてから、ジョックスはゆっくりと立ち上がった。もちろん、腕にはティーナを抱えている。
鳶色の髪の男は満足そうに笑い、二人を先に行かせて後ろについた。
牢を出たところにあった鉄格子の扉を越えると円形の広い場所に出た。壁や床は牢と同じように岩で出来ていて、天井がとてつもなく高い。思わず見上げた視線を壁に沿って下ろしていくと、壁に沿って長い階段が造られていることに気づいた。婉曲した壁にぐるぐると階段が貼りついている。ここまで来るときに降りてきた階段だろう。暗いということもあって上の方は真っ黒で何も見えないが、階段の先は外へ繋がっているのかもしれなかった。
鳶色の髪の男以外、他に誰もいない。逃げようと思えば逃げられる。ジョックスにはそんな状況であるように思えた。
ジョックスはちらとティーナを見たが、ティーナは前を見据えていた。
「右に通路がある。まずはそこへ」
言われた通り右を向いて進んでいくと通路があった。ジョックスはゆったりとした足取りで通路に足をかけた。
通路は狭かった。身体の大きなジョックスがなんとか一人通れるぐらいの広さしかない。それでいて随分複雑に造られているようだった。十歩も歩かないうちに道が分かれるのだ。しかもどれも目印がない。
「私の言った通りに」
道が分かれる度、男は後ろから指示を投げた。
右、左、右、右、左、真っ直ぐ……何度も指示を受けて何度も曲がったりそのまま直進したりする。一度通った道なのか、それとも初めて通る道なのか、戻っているのか進んでいるのか、進んでいるにしてもどの方向に進んでいるのか、まるで分からない。男がこの道の全てを理解して目的の場所への最短ルートを指示しているのか、それとも適当に歩かせてジョックスを疲れさせようとしているのか、それも分からない。
分からないことが多すぎて頭がこんがらがってきたジョックスは考えるのをやめた。元から考えるのは向いていない。なんとなく、ティーナが言っていたことが分かったような気がした。今はまだ、分からないことが多すぎて何も出来ないのだ。
十分前後歩いた頃、ようやく狭い道の終わりが見えた。
ランプの橙色の光ではなく、月光が差している。近づくにつれ、その場所が外であることが分かった。
「あら、素敵じゃない」
ティーナが嬉しそうな声を出す。
銀色の月光に白い布のかけられたテーブルと椅子が照らし出されていた。テーブルの脇にはワゴンがあり、その上にはティーセットが置いてある。
「若草の君と彼の人のためにあつらえた席さ。気に入ってもらえたようで何よりだよ。さぁ座って。月下のお茶会を始めよう」
月の下でのお茶会の席、と言えば聞こえは良いが、お茶会の席が用意されている場所は岩に囲まれている。岩肌は丁寧に磨かれているので登れそうもなく、圧迫感こそないが逃げられそうもなかった。もしあの入り組んだ道を通って逃げてきた結果、ここにたどり着いたら絶望するとジョックスは思った。
腕の中のティーナが足をゆらゆらさせた。降ろしてほしいときの合図である。ジョックスが跪くと、ティーナは地面に足をつけた。
鳶色の髪の男が椅子を引く。そこにティーナが座ると、男はティーナの両手を縛っていた縄を解いてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
男が赤くなったティーナの両手首に手を添える。
「あぁ、可哀想に。真白の腕が赤くなってしまっている。痛かったでしょう。後で冷やすものと薬を持ってこさせるよ」
男は労わるような表情で言った。
「そうしてちょうだい。ジョックスも手当してあげて」
「もちろん」
にこりと笑い、そっと手を下ろしてから男はティーナの隣の椅子を引いた。
「大木くんの席も用意してある。こちらに座ってくれないだろうか」
金色の瞳がジョックスに向けられている。座るつもりのなかったジョックスは答えなかった。
「座ってジョックス」
ティーナに促され、ジョックスは素直に男の引いた椅子に座った。こうしてティーナと同じ席に座るのは初めてだった。恐れ多いという気持ちと、少しの高揚感が胸でざわつく。
「今美味しいお茶を用意するよ」
男はジョックスの手首の縄を解いてから優雅な足取りでワゴンまで歩いていった。そうしてティーナとジョックスに背を向け、鼻歌を歌いながらお茶を入れ始めた。
不用心だ。
ジョックスは手首の様子を確かめながら男の背中を睨んだ。先ほどまで牢に入れられていた男を開放して襲われないとでも思っているのだろうか。確かにジョックスはティーナに言われなければ男を襲うつもりはない。それを見透かしているのだろうか。
分からない。今は何もかも、分からない。ジョックスは頭を振った。
「お茶ができたよ。ゆっくりと召し上がれ」
男はティーナの左側から紅茶を出し、同じようにジョックスにも紅茶を出した。それからもう一つ、二人の反対側にも紅茶を用意してワゴンの前に戻った。
反対側にはもう一脚椅子が用意されている。二人が座っているものよりも豪華で、真っ白な椅子である。鳶色の髪の男の分かと思われたが、男が座る気配はない。他の誰かが来るのだろうか。
ジョックスは考えながら紅茶を胃の中に流し込んだ。温かいものが身体の内側を流れていく感覚がして、鼻からさわやかな香りが抜けた。
「どう?」
「あったかいですね」
「貴方はお茶会に出さない方が良いみたいね」
ティーナは呆れたように言って自身もカップを手に取って一口飲んだ。冷えた身体が内側から温かくなっていく。
「良い香りだわ。美味しい」
満足そうに笑い、ティーナは二口目を飲んだ。
「気に入った?」
がたん
突然背後から聞いたことのない男の声がして、ジョックスは思わず席を立とうとした。しかし、その喉に刃を向けられ、中腰の状態で固まった。
「振り向くな。そのまま座っていろ」
あの、青鈍色の髪の男の声だった。腹の中で熱いものが燃え上がったが、何とか耐えてジョックスはゆっくりと椅子に座り直した。
「君も振り向くな。今ここで首を落とされたくはないだろう」
ティーナはカップを置いて微笑んだ。
「あら、貴方もいたの。酔いは醒めた?」
鳶色の髪の男の後ろ、ワゴンの後ろを通って、金と銀の間の髪色の少年……男がティーナの視界に入った。
男はティーナの問いには応えず、口をへの字に曲げるだけだった。
「君がティーナ? ティーナ・メレズディ? 思ったよりも子どもなんだね」
後ろから柔らかい笑い声を含んだ声が聞こえてくる。
「失礼な方ね。来年成人するのよ。子どもじゃないわ」
「成人していなければ子どもだろう?」
「それはそうだけれど、わたくしはれっきとした大人よ。一人で起きられるし、一人で外出だって出来るわ」
「……自分都合で朝昼いつ起きるのか分かんねぇわ、危ないから一人で外出するなって言われてんのに聞かねぇわなんですけどね」
胸を張るティーナの横でジョックスはぼそりと呟いた。
「それは良いことだね。まぁ、君が子どもかどうかはどうでも良いのだけれど、何処の誰かというのは重要だ。君はティーナ・メレズディで間違いないね?」
「えぇ、そうよ。証明しろと言われても歴代のメレズディ家の名を読み上げることしかできないけれど」
「それには及ばないよ。聞いていた特徴と一致しているし、何より、そちらの彼がいることは君がティーナ・メレズディであることを証明してくれている」
ジョックスとティーナは目を合わせた。
「ふふ、目立つでしょう? 腕も立つのよ。剣術だって誰にも負けないわ」
「ウィンと彼、どちらが勝つのか試してみたいものだね」
とりとめもない話が続く。ジョックスは初めこそ口を出したが、それからは口を閉じて聞くことに徹していた。残りの三人の男たちも何をするでもなく、二人の話を聞いている。ただ、ジョックスの後ろに立つ青鈍色の髪の男だけは全く気を緩めていなかった。
「それで、貴方、わたくしをこんなところに閉じ込めて何をするつもりなの? これで用が済むのなら、放してほしいのだけれど」
しびれを切らしたのだろう。会話の切れ目で核心に迫り、ティーナは紅茶を一口飲んだ。隣でジョックスも唾を飲む。
こんなところまで連れてこられ、一体全体何をされると言うのだろう。ジョックスは緊張した。
「何も」
声は言った。
「何かをするのは私ではない。私はされる方なんだよ」
ジョックスは頭の中にいくつも疑問符を浮かべた。
「そう。大変ね」
それだけ言って紅茶を飲む。ジョックスは眉間にしわを寄せてティーナを見た。ティーナは優雅に紅茶を飲んでいるだけで、変わった素振りを見せない。今の会話で何か分かったというのだろうか。
「そうなんだ。私は、何もしない。だから、君に問いたい。君は私に何をしてくれるんだい?」
カチャン
ティーナが珍しく音を立ててカップを置いた。
「まどろっこしい。はっきりしない方は嫌いよ。何かしてほしいのなら、してほしいと言いなさい」
「お前! なんだその口の利き方は!」
大きなピアスをした男が腰に差していた剣に手を添え、ティーナを睨んだ。ティーナはすました顔で大きなピアスの男を見たが何も言わず、紅茶を啜った。大きなピアスをした男はギリギリと奥歯を噛んだ。
「物騒なのはやめよう。ここは愉快で楽しいお茶会の席だよ。あっていいのはティーカップとティーポットにお菓子をいただくシルバーさ。剣を抜くところではないはずだ」
鳶色の髪の男はいつの間に用意したのか、立ったまま紅茶を飲んでいる。大きなピアスをした男はぐ、と堪え、手を後ろに持っていった。
「君は私に何もしてくれないと言うのかい?」
声が静かにティーナの後姿に問いかける。
「貴方が何も望まないならわたくしは何もしないわ」
ティーナは紅茶を飲み干し、カップをソーサーに戻した。すかさず鳶色の髪の男が二杯目を注ごうとしたが、ティーナは掌を向けてそれを断った。
「そうか。それは残念だ。話が出来て良かったよ。もう二度と、話すことはないだろう」
誰かが椅子から立ち、去っていく衣擦れの音がする。
しばらくして何の音も聞こえなくなると、ティーナの隣に鳶色の髪をした男が立った。
「楽しい時間は過ごせましたか? 若草の君」
鳶色の髪の男はにっこりと笑いかけた。
「美味しい紅茶だったわ。今度は暖かい日差しを浴びながら楽しみたいわ」
ティーナもにっこりと笑うのだった。
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