君に紡ぐプロローグ

花座 緑

幕間の物語

のんびりとした田園風景が広がっている。長閑なその道には人影もなく、手に持った地図は役に立ちそうにない。

もとより地図は読めないのだが。


「また迷った……」


肩を落とし、長いため息をついたのは本来であれば街に着き、相方であるAIの少女、リンドバーグと合流しているはずであろう少年、カタリィ・ノヴェルだった。

春の陽気に誘われて、ふらふらと寄り道を続けるうちに、気づけば周りは見知らぬ景色。


「バーグさんに怒られちゃうよ……はぁ……」


せめて誰かいないかと歩き回るが、緑は深まるばかりだ。


「お兄さん、迷子?」


不意に後ろから声をかけられて、カタリィは笑顔で振り返る。

こんな土地で人に会えたというのは幸運以外の何物でもないだろう。

振り返った先には、柔らかな笑みを浮かべる同年代ぐらいの女の子が立っていた。


「実はそうなんです! 助かったぁ、よかった、人がいた」

「ふふふ、大変そうね、どこに向かうの?」

「街に行きたくって」

「街? 街は反対方向よ? もしよければ案内しようか?」

「うわあ、ありがとうございます!!」

「見たところ同じぐらいの年齢だし、そんなに畏まらなくても」

「じゃあお言葉に甘えて……本当にありがとう」


ともすればこの後何時間もさまよっていたかもしれない自分の姿を想像して、カタリィは本当に助かった、と胸を撫で下ろす。


「えーっと、俺はカタリィ・ノヴェル、カタリって呼んで! 君は?」

「私はアメリア、よろしくねカタリ」


長閑な田園風景は遥か彼方まで続いているように思える。

左側を歩くアメリアはそんな道を迷いなく進んでいく。


「カタリは街に何をしに行くの?」

「まず、バーグさんと合流して、それから人に会う約束をしてるんだ」

「バーグさん?」

「俺の旅仲間というか、そんな感じ! すごく真面目な女の子なんだ」

「へえ! 素敵ね、会ってみたい!」

「もしアメリアの時間があったら一緒においでよ! バーグさんを紹介するよ」


年齢が近いためか、気持ちの良い春の日であるからか、2人の会話は途切れることがない。

カタリィも先程まで迷子だったことをすっかり忘れてしまっていた。


「私もね、街にお兄ちゃんがいるの」

「アメリアのお兄ちゃんか……優しい人なんだろうなあ」

「大正解! テオっていうんだけど、とっても優しくて、本が好きな人なの、カタリは本とか好き?」

「うーん、最近読み始めたばかりで読むのに時間はかかっちゃうけど好きだよ、漫画とかアニメはもっと好きだけど……」

「私も漫画とか大好きよ!」


ひらひらと蝶がアメリアのそばを通り抜ける。

道端に咲く花もどこか様になっていて、やっと来た季節を彩っている。


「私のお兄ちゃんは街の小さな本屋さん……«Spring»っていう店をやってるんだけど、本に熱中しすぎてレジに並んでるお客さんに気づかなかったりしちゃって!」

「あはは! 俺も会ってみたいな、アメリアのお兄さん!」

「ぜひ本屋に行ってみて! きっとお兄ちゃんも喜ぶわ!」


会話に夢中になっているうちに、永遠に続くように思われた道も終わりが見えてきた。

街の活気が、この距離でも伝わってくる。


「そろそろ街に着いちゃうね……ここまで連れてきてくれて本当にありがとう」

「ううん、私も楽しかったからいいの! ありがとうね、カタリ」

「そうだ、アメリア、今から少し時間」


カタリィがそう声をかけようとした時だった。


「カタリ! また迷子だったんですか? 約束の時間に遅れてしまいますよ?」

「あ、バーグさん!」


カタリィが街の入口を見ると、本来、もう隣にいるはずであったリンドバーグが丈の短いスカートを気にもとめず、飛び跳ねながらこちらに手を振っていた。


「アメリア! あれがバーグさ……ってあれ? アメリア?」


先程まで自分の左側に立っていた少女の姿は忽然と消えていて、慌てて来た道を振り返るも姿は見えない。


「カタリ何してるんですかー? 早くしてくださーい!」

「今行くー!」


不思議に思いながらも、きっと何か急ぎの用があったのだと言いきかせ、残念に思いつつもリンドバーグの元へと駆け出した。


リンドバーグの元に着くと、彼女はわざとらしくため息をつき、いつものように毒づき始めた。


「全く、こんな簡単な道のりで迷子になるなんてカタリの空間把握能力が心配です」

「ごめんごめん、それで今日は誰の物語を?」


愚痴が長引く前に、とカタリィがすかさず話題を変える。


「街の小さな本屋の店主で、テオという青年だそうです」

「え……? ほんとに?」

「私が嘘を吐いてどうするんですか、待たせるのも悪いですし、早く行きましょう!」


リンドバーグに手を引かれ、カタリィは街の中を進む。

手を繋がれるのはいつものことで、言ってしまえば迷子防止策の1つだ。

最初こそ恥ずかしかったものの、今ではもう慣れてしまった。実際、手を離せば迷ってしまうというのは経験済みなので何も言えない。

しばらくして、リンドバーグが一軒の店の前で立ち止まった。


「ここです」


目の前の店の看板には可愛らしく、«Spring»と書かれている。

木の扉を開けて、店の中に入ると、レジでは1人の青年が1冊の本を読みふけっていた。


「あの、テオさんですか?」


カタリィが声を掛けてみるも、反応はない。

これがアメリアの言っていたことなのか、とカタリィは妙に得心がいった。


「ふむ、本に熱中していらっしゃるようですね」


リンドバーグは少しの間考えた後、テオの耳元に口を寄せ、息を吸い込んだ。


「あの!! テオさんでいらっしゃいますか!!」


離れていても大きいと感じる声量を耳元で叫ばれたテオは、大きく肩を揺らしたあと、本から顔を上げた。


「き、気づかなかったのは悪かったよ……だけどそんなに大声で叫ぶことはないじゃないか」

「初めまして! 私はリンドバーグと言います、こちらはカタリ、本日はどのようなご用件でしょうか?」


何事もなかったかのようにリンドバーグは笑顔で話を続ける。

リンドバーグが名乗ると、テオは弾かれたように話し始めた。


「実は僕、少し前に大きな事故に遭って……その時妹も一緒にいたみたいなんだけど、助かったのは僕だけで、その時のショックで記憶が曖昧なんだ、それで、少しでもいいから妹のことを思い出したくて」

「その、妹さんのことで覚えていることとかは?」

「この写真に書いてあったんだけど、妹の名前はアメリアって言うらしい、どんな物語でも構わない! 僕と妹の物語を小説にして欲しい!」


テオが差し出した写真には確かに先程道案内をしてくれた少女、アメリアの姿が写っていた。

カタリィの頭には、先程まで一緒にいた少女の笑顔が浮かぶ。

まるで、春のように暖かい女の子だった。


「きっと、素敵な小説になります」


カタリィは、力強くそう言った。

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君に紡ぐプロローグ 花座 緑 @Bathin0731

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