第6話


謙二は車を持ってきて僕を乗せて病院へ向かった。

病院に着き、自動ドアの前に立つ。ドアが開き足を踏み入れた瞬間、皆が騒つく。謙二から聞かされた話、僕が病院を出て間も無く、出て行くのを見た受付嬢が皆にそれを伝えたらしい。そこからは大人数で僕を捜索していた。休務だった謙二にも連絡が入り僕を探していたところ駅周辺にいた、ということだ。

こっちを見てくる人、探してくれた人、今回のことに関わった人全てに申し訳なく思った。

「ほら、早く行くぞ。宮美が病室で待ってる」

俯いて立ち止まっている僕を謙二が先導する。エレベーターに乗り込み謙二がボタンを押す。扉が閉まり軽い振動がした後、重力に逆らいそれは上へと徐々に加速していく。

最初に異変を感じ取ったのは謙二だった。

「おい、顔が真っ青だぞ。どうかしたのか」

設置されている鏡を覗き込む。確かに、真っ青だ。思い返してみると、彼の車に乗り込んだあたりから何かがおかしかった。変に頭痛が起こり、軽く目眩がしているのだ。それだけじゃない。ひどく息苦しく、気持ちが悪い。

耐えられなくなりその場にしゃがみ込む。

おい、大丈夫か、と彼が語りかけてくるのが聞こえる。病室のある9階に着くと、チン、と音を鳴らして扉はひどく気怠そうに開く。

謙二が引っ張り出す様にして僕を外に連れ出す。足まで出たところで扉が早々と閉まる。感情など一切持ち合わせていない機械はどこまでも無情であると悲しくなる。

「おい、しっかりしろ。待っとけ。今、宮美を呼んでやるから」

ズボンのポケットから携帯を取り出すとそれを耳に当てた。2コールくらいしたのか。ハッとなった後、焦った様子で携帯に向かって怒鳴っている。

当の連れ出された本人は床に伏した様な形で寝転がっている。気持ち悪さと目眩がひどく、今にも嘔吐しそうなのを堪えて。立つことはもちろん、身動き1つできずにいる自分が、生まれたての子鹿のように思えてきてどうしようもなく虚しく思える。

1分も経たないうちに戻ってきた謙二は僕のそばに寄り優しく背中を撫でる。大きなその手が、暖かいこの温もりがじんわりと僕の背中に馴染んでゆき、やがて僕の肌へと伝わり安心させてくれる。

ものの数分後、宮美が自分達がいる場所に到着した。床に倒れ込んでいる僕を見て動揺を隠しきれない。

「何があったの。謙二、貴方、彼に何かしたの?」

「そんなわけないだろ。車に乗り込んだあたりから何かおかしかったんだ。急に息遣いが荒くなってよ、んでエレベーターに乗ったらこの有様だ。俺もどういうことなのか全然分からないんだ」

彼女に謙二が事の成り行きを伝える。宮美は白衣のポケットから紙とペンを取り出すと、彼が言ったことを綴ってゆく。一字一句漏らさず、丁寧に。

全てを綴り終えるとこちらに目線を変え、すぐに病室の方へと歩き出す。謙二は僕をおんぶする形で持ち上げると、彼女の後へとついて行った。

悪くない気分だった。今だって確かに気持ち悪いし頭痛もする。体だってほとんど動かない。だが不思議と安心した。大人の背中はみんなそうなのか。僕もそんな大人に、父親になれるのか。

その父親という単語が出てきた瞬間、普通なら心踊るのに、この瞬間の僕は違った。苦虫を噛んだ、苦いような、不愉快で胸くそが悪い気持ちになった。それが何故なのかはわからないが。過去に何かあったのだろうか。とにかく僕は彼の大海原のように広大な背中に身を任せた。

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