第2話
目が覚めるとカーテンの隙間から入る陽の光が、顔にスポットライトが当てたように眩しく照らしていた。
ここは...どこだ?ここが俗に言う天国ってところなのか?それにしては予想と反して、ひんやりして殺風景なところだな。そもそも僕は死んでしまったのだろうか。
突然の眠りから覚め、ぼんやりしている脳を精一杯働かせ、状況を把握する。
体の下にはベッド、その上に掛けられている毛布、目の前に広がるカーテン、そして乱雑に配置された機械の数々。
ここは...病院か?なんで?どこか怪我でもしたのか?
体を見る。ところどころ包帯が巻かれている。体を動かそうとすると全身が痛む。
痛いってことは死んではいないってことだよな。多分。じゃあなんで怪我しているんだ?
疑問が泡のように出てくる。
すると不意に扉が開く音が聞こえた。コツコツコツと、中に入りこちらに近づいてくる。温かみを感じられないその音は、何故だか自分を恐怖させた。
音が止み、カーテンに影が映る。
なにを考えたのか、考えとは別に、反射的に体が勝手に身構えた。
なんでそんなことをしているんだ、と嘲笑するかのように、影は躊躇なくカーテンを開けた。
開けた先には男が立っていた。
ボサボサの髪に無精髭、背はひょろっと高く、痩せ型。比較的端正な顔立ちの、白衣を着ている50代くらいの男。
医師だと思うが、どう見ても医師という雰囲気が感じられない。むしろ無職者を思わせる風貌をしてその彼は忽然と立っている。
「ああ、起きたか。どうだ、調子は?どこか調子の悪いとかないか?」
無愛想な言葉とは裏腹に、優しい口調をしていた。
黙ってうなづくと男は安心したのか、それまで張り詰めていた表情から一変、緩やかになった。
「そうか、ならよかった。結構重傷だったからな。何しろ3日3晩ずっと寝てたからな。結構心配したんだぞ」
「あの僕はなんでここに?なんでこんなに怪我してるんですか?」
疑問だったことをぶつけた。
「あんた駅前でトラックに轢かれたんだよ。なんだ、覚えてないのか?」
ああ、と頷く。
確かに何か強い衝撃を受けたのは僅かに思い出せる。まさかトラックだったとは...。よく生きていたと我ながら思う。
まあいい、と彼は言う。
「ああそれと、名前、言ってなかったな。俺は佐伯謙二。あんたが退院するまで面倒みることになった。よろしくな。あんたも、名前は?」
名前...そうだ、名前。名前言わないとな。彼も紹介してくれたんだから。
脳が名前を保存している場所から、手探りで記憶を取り出そうとした。その時ある異変に気付いた。自分の名前という記憶が、元ある場所からなくなっていることに。そしてそれが現状況、これからまた行われる他人と何ら変わらない平凡かつ人並みな生涯においてどれだけ多大な影響を及ぼすのか、僕はすぐには悟ることができず、少し戸惑った。
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