僕の記憶は誰が為に

雅さんの居住区

第1話

僕があの街を離れる際に送った、僕の一抹の望みを綴ったしがない手紙。彼女は読んでくれているだろうか。

車に轢かれ意識が遠のいている今、何故こんなことを考えているのか、その真意は自分でもよく分からない。

目の前に広がり始める走馬灯を無理矢理かき消す。死ぬ間際まで過去のことは考えたくなかった。死んでしまうならせめて彼女のことで頭を充満にさせたかった。それだけで僕は慶福に浸れるのだから。

体が火照っている。死ぬ前はとにかく体が熱くなるというのをどこかで聞いたことがある。それは今の僕の状態を指すだろう。僕を生かせようと、体中の細胞の全てを使っている僕に感謝の意を称する。幸福とは言い難い、短く混沌に満ちた半生を、よくも飽きずにここまで生かしてくれたと。

何度遠のく意識に逆らおうとすれども事態は悪い方向へと進んでいくばかりだ。足掻いてもあがいても決して登れない山のように立ちはだかるそれは、僕に足掻く勇気も希望も奪い去り、そのまま何処かへと消えた。

今、この瞬間に居もしない神様が僕の前に現れて、願いを叶えてくれるのなら、迷わず僕はこう言うだろう。もう一度彼女に会って抱き寄せたいと。そう願うだろう。

そして目の前が真っ暗になった。その後の記憶はない。

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