第5話
翌朝。
私は衝撃が大きすぎて、目が爛々としたまま、朝を迎えてしまった。気分をリセットしようと、顔を洗い、歯を磨いて、朝ごはんのためにキッチンへと向かう。すでに節さんが朝食の用意を始めていたので、お手伝いを申し出た。
「おや、くまが出来てるね、寝不足かい?枕が変わって、寝られなかったかな?」
「いえ、昨日は衝撃的すぎて、ドキドキして、眠れなくて…」
と、心配してくれる節さんに、素直にそう言った。節さんは、あぁ…と納得した様子で、
「昨日は本当に申し訳なかった。夏は本当に気まぐれで、我々も手に負えないんだ。でも、華さんは大事なお嬢さんだから、ちゃんと言って聞かせるから安心して」
と、真摯に応じてくれた。しかし、私にとって衝撃的だったのは夏くんのことだけではなかった。
「ありがとうございます。それも、なんですけど、何より、四ノ宮くん…秋くんが、あんなに感情を剥き出しにしているところを、初めて見たので…」
そう、私は、四ノ宮くんの言動に驚いていたのだった。
「夏と秋は昔から仲が悪くてね。まぁ、性格もあんなで正反対なところがあるし、お互い、思うところがあるんだろうけど。見苦しいところをお見せしてしまったね」
と、節さんは申し訳なさそうに言って、頭を下げた。そこへ、制服に着替えた四ノ宮くんが入ってきた。そして、私を見るなり、
「季崎、昨日は、悪かった。恐い思いを、させた。」
と謝ってくれた。昨日の夜とは違い、また、いつもの落ち着いた四ノ宮くんに戻っている。
「秋、お弁当はそこにあるよ。朝ごはんは?」
そんな四ノ宮くんを見て安堵したのか、節さんが問いかけた。
「パンだけ軽く食べたら行く。あ、あと季崎、俺らと一緒に住んでることは、学校では絶対口外するな。行きも帰りも、俺とずらせ、いいな?」
節さんに返事をした後、おもむろに私に向かって忠告してきた。そんなこと、言われなくてもわかっている。こんなことが学校でバレたら、私は確実に女子生徒全員から殺されかねない。
「わ、わかってるよ」
「…よし。じゃ、行ってくる」
そういうと、節さんが用意してくれていた焼きたてのフランスパンを軽くかじり、牛乳を飲み干して出かけていった。
「ほら、華さんもそろそろ食べて行かないと。後は私がやっておくから」
それを見て、節さんが私を促す。そうだ、私も見送っている場合ではない。同じ学校へ登校するのだから。
「はい、では、いただきます」
私はお言葉に甘えて食卓についた。テーブルには、籠に入れられた焼きたてのフランスパン、小鉢にはサラダが盛られ、カップに入ったコーンスープも置かれている。毎朝コンビニで菓子パンを買って食べていた私からすると、とても贅沢な朝食だ。幸せだなぁ、と思いながら食べていると、春さんがスーツ姿で降りてきた。
「おはよう春くん。夏は?」
節さんが尋ねる。昨夜の騒動後、夏くんの動向を知っているのは春さんだけだからだ。
「寝てるよ。今も覗いてきたけど、ぐっすり。どうせまた、昼過ぎにでも起きてきて、適当に出て行くだろ」
面倒臭そうに春さんが答える。こういう時のお守りは、いつも春さんが任されているんだな、というのが窺えた。
「おはよう、華さん。昨日は本当に申し訳なかった。夏にも、直接謝らせるから」
そう言うと、春さんが頭を下げた。なんだか、皆さんに謝ってもらってばかりで、こちらこそ申し訳ない。
「いえ、あの!突然のことでビックリしちゃって…」
「アイツ、一応大学生なんだけど、ろくに学校も行かないで、夜の店に入り浸ってるんだよ。学費は自分で稼いでるからいいけど、毎日酔っぱらって夜中に帰ってくるし、何考えてるんだか…」
社会人として働いている春さんには、フラフラしている夏くんのことが理解できないのだろう。
「まぁ、働いてはいるんだから、そこから何か学んでくれてればいいと、私は思うのだけどね」
ただ、小説家として、売れない時代もあったであろう節さんは、夏くんに理解があるらしく、あまりキツく言ってはいないようだった。このバランスで、四ノ宮家は成り立っているのだ、ということは感じ取れた。
「ごちそうさまでした。それじゃ、行ってきます」
美味しかったので、つい満腹になるまで朝ご飯を食べ、節さんと春さんに見送られながら、私は家を出た。
玄関の門を出た瞬間、何やら殺気のようなものを感じた気がしたが、冷たい風でも吹いたかな?とあまり気にはしなかった。
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