第4話
無事、地獄のような夕飯が終わり、後片付けを済ませた千鶴さんは、じゃ、またね!と元気に手を振り帰って行った。あの人は、本当に家政婦ではないのだろうか?見れば見るほど、出版社の担当の仕事をきちんとこなしているのかが不安でたまらない。そうは思いながらも、唯一、この家で信頼を寄せていた人がいなくなると、どうしていいものやら、一層不安が押し寄せてきた。
しかも、この家に女は私一人。なぜ、私の親は、こんな男だらけの家に私をよこしたのか、娘が心配じゃないのかー!
そんなことを思いながら、自室でグダグダしていると、コンコンと戸を叩く音が聞こえた。返事をして開けてみると、節さんが立っていた。
「よかったら、お風呂に入ってしまってね。うちはみんなお風呂が遅いから、ウィンが入ったあとはしばらく誰も入らないし。男ばかりだし、タイミング、困るでしょ」
と、伝えに来てくれたのだった。確かに、一番困る問題はお風呂だった。こんなところで、お風呂でバッタリ!みたいな少女マンガ的シチュエーションは絶対に避けたかったからだ。
そうと決まれば、善は急げとばかりに、一階奥にある風呂場へ向かった。扉の前から気配をうかがってみるが…うん、誰もいる気配はない。今だ!
ガラリと引き戸を開けてみると、日本家屋の中にあって、お風呂は洋式だった。さすがに、檜風呂!みたいな旅館要素はなかったか、と膨らませすぎた妄想を後悔した。とはいえ、広い浴室なことに変わりはなく、バスタブは、私がゆったりと足を伸ばしても余るぐらいあった。贅沢だなー、と思いながら浸かっていると、たった半日で疲れが溜まってしまったのか、つい長風呂をしてしまい、少しボーッとしながら浴室を出た。
水でも飲んでのぼせを冷まそうと、そのままキッチンへ向かう。面倒なので、電気もつけずに何となく感覚だけでフラフラと水道を目指した。洗ったまま伏せてあったコップに水を注ぎ、一口飲む。はぁー、スッキリするー、と一息ついた時だった。
「あっれぇー?おんにゃのこのシャンプーのにおいがするー!」
暗闇からそんな声が聞こえたかと思うと、急に後ろから抱きつかれた。
ッッギイャーーーー!!
とっさに出たのは、自分でも聞いたことのないような叫び声だった。突如夜中に響いた大声に、方々の部屋から人が飛び出してきた。キッチンの明かりを点けたのは、一番近くにいた節さんだった。
「何事だい!?…あっ!」
全容の明らかになったキッチンでは、入り口に節さん、その後ろに、二階から降りてきた春さん、シンクの近くに私、そして、その私にピッタリとくっついていたのは、見慣れぬチャラ男だった。
「夏!何してる!離れろ!…うわっ、酒くせぇ」
春さんが、私から必死にチャラ男を引き剥がす。しかし、チャラ男は抵抗して余計に私にくっついて離れない。うぅ、お酒臭い、苦しい…。もともとのぼせていたこともあり、私もそろそろ限界である。
「…いい加減に、しろっ!」
そこに、ものすごい勢いで、キッチンの入り口付近から何かが飛んできた。と同時に、私の体が解放された。ひと安心し大きく息をついた後、飛んできたものを確認しようと振り返ると、そこには、ぶっ倒れたチャラ男の上に馬乗りになった、四ノ宮くんがいた。あぁ、あれは、四ノ宮くんの飛び蹴りだったのか…って、えぇー!四ノ宮くんってそんなことする人だったの!?私は目玉が出るほど驚いた。学校で見る四ノ宮くんは、どんなに女の子が取り囲んでも、それをやっかむ男子に何かされても、睨みをひとつ利かせるぐらいで、とても静かに大人な対応をしているイメージがあった。なのに、今、そんな四ノ宮くんが、飛び蹴りをかました揚げ句、馬乗りになってチャラ男に殴りかかろうとしている。そんなものを内に秘めていたとは、恐すぎるー!
「あぁー、始まっちゃう。春くん、何とかして」
その様子を見た節さんは、あちゃー、と頭を掻きながら、春さんに声をかけた。それに応じる形で、春さんがしょうがないとばかりに二人の間に割って入る。
「おい、いい加減にしろ!何時だと思ってるんだ!」
四ノ宮くんの襟元を掴み、二人をいさめる。
「そーだよー、あきー。オレのかおはしょーばいどーぐなんだから、なぐっちゃやーだー!」
緊迫した状況の中、元凶であるはずのチャラ男は、怯える様子もなく、ヘラヘラしながら平然と、そんなことをのたまうのだった。そんな相手に戦意を喪失したのか、四ノ宮くんはスッと立ち上がり、いつもの無表情で二階の自室へと戻っていった。ふと見ると、キッチンの入り口からは、ウィンくんもひょっこり顔を覗かせて様子を見に来ていた。
「ウィン、もう大丈夫だから、部屋へ戻ろう?」
そう言って、節さんがウィンくんを部屋へと促した。一方春さんは、飛び蹴りを食らって寝転んだままのチャラ男を引っ張りあげ、腕を自分の肩に回し、引きずるようにキッチンから引き上げようとしていた。その時ふと思い出したかのように、
「あ、お前が抱きついた彼女、華さん。今日からしばらく家で一緒に暮らすから、くれぐれもこれ以上、迷惑かけるんゃないぞ」
と、私を紹介してくれた。こんな状況で紹介されても。確かに、インパクトは強すぎるけど。
「へー、はなちゃんってゆーんだ、かわいーなまえー。オレ、なつ!ホストやってまーす!よろしくね、はなちゃん!チュ!」
と、春さんに引きずられながら、こちらに投げチューをして、チャラ男、もとい夏くんは去っていった。適当に遊ばせた明るい茶髪に童顔な顔立ち。お酒臭かったけど、その中でもキツく感じた香水の匂い。典型的なホストの出で立ちに、納得してしまった。さすが、家族が全員口をつぐむ存在、四ノ宮夏、恐るべしだ。四ノ宮家最凶のモンスターとの、衝撃的な出逢いであった。
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