第2話

 今日からこの家での生活が始まる。まだまだ謎が多いけど、こんなに立派なお屋敷だし、優しい節さんもいるし、なんとかやっていけそうで良かった。

 持ってきた着替えやらの荷物を片付け、宿題をすませた後、夕飯の支度などすることはないかと、リビングへ降りていった。キッチンに入ると、そこには、エプロン姿の一人の女性が立っていた。

「あの…」

 声をかけると、女性はクルッと振り向き、どーもー、と軽く会釈をした後、私を気に留める様子もなく、また、台所作業に戻っていた。

「えっと、どちらさま…」

 と、私が戸惑っていると、ようやくそのことに気付いたのか、あぁ!と大きな声をあげながら、再びこちらへ振り返った。

「私の紹介してなかったですよね。綾部千鶴あやべちづるです、よろしくー」

 黄色いエプロンがよく似合う、茶色いボブヘアの快活な女性は、そう言って手を振った。

「あ、よ、よろしくお願いします。あの、綾部、さんは、節さんの彼女さん、とか…ですか?」

 いまだに状況が読み込めない私が訊ねると、千鶴さんは大声で笑った。

「あはははは!!私が?先生の彼女?ないないー!恐れ多いわ!」

 大きな口を開けて全身で笑う彼女からは、まるでヒマワリのように明るい人なんだな、というのが伝わってくる。

「私は先生の担当、出版社の人間。付き合いが長いから、家中勝手に使ってるし、この家、男ばっかりだから、ほぼ家政婦みたいになってるけど」

 そう言うと、千鶴さんはいたずらっ子のように笑った。まったくー、困ったもんよ!と言いながら夕飯の支度をする千鶴さんは、どこか嬉しそうだ。それだけ、信頼があるんだろうなぁ、と思いながら、そんな千鶴さんを見ていた。

「お手伝いしますっ」

 自宅から持ってきたエプロンをしながら千鶴さんに駆け寄ると、手際よく、私の分担作業を教えてくれた。

「なんか、妹が出来たみたいで嬉しいー!やっぱ、女の子がいるって、いいね!」

 ウキウキした千鶴さんは、そう言いながら、テンポよく野菜を切っていった。

「ただいま…」

 そこへ、低い声が響いた。先に振り返ったのは千鶴さんだった。

「おっかえりー!秋くん!お、今日もお疲れかい?千鶴さんがスペシャルな夕飯を用意してるから、もうちょっと待っててねー!」

 慣れた様子で帰ってきた人物を出迎える。私も挨拶しなければ、と振り返った。

「あ、あの、はじめまして。季崎華と…え、四ノ宮くん!?」

 エプロンで手を拭きながら会釈をして顔をあげると、そこには見たことのある顔があった。学年一の秀才、端正な顔立ちで学内人気ナンバーワン、次期生徒会長間違いなしとの呼び声も高い、学内で誰もが知る、四ノ宮秋、その人だった。

「えっと、季崎…だっけ?なんで俺んちいるの?」

 四ノ宮くんは、明らかに不機嫌そうな顔をこちらに向けた。

「今日から華ちゃんは、ウチの子になるんだよー」

 と、そこに、千鶴さんが割って入ってきた。

 私を抱きしめながら嬉しそうに頬ずりするのを見て、ますます不愉快になっているのが手に取るようにわかる。

「あ、そ…」

 あまり詳しいことを聞きたがらないところを見ると、完全に、私が四ノ宮くんを追っかけてきたと思われていないだろうか。これはまずいことになった、と私自身も焦りを覚えた。

「あちゃー、秋くん、明らかに勘違いしてるよねー。昔から、女の子に追っかけられてばっかりで苦労してるから…。あとで話しておくから、安心して、華ちゃん!」

 千鶴さんが、そんな私を気遣って声をかけてくれた。確かに、学校でも、休み時間になると教室に女子が群がり、移動するたびに囲まれているのをよく見る。ずっとそんな生活だと、女子を避けたくもなるだろうな。四ノ宮くんには申し訳ないなぁ、とは思いつつ、私も生活がかかっているので、じゃあ、出ていきます、という訳にはいかなかった。

「さ、ごはんにしましょー!みんな呼んでくるね!」

 そうこうしている間に夕飯が出来上がり、千鶴さんが意気揚々とみんなを呼びに行った。取り残された私は、一人、キッチンでテーブルの準備をしていた。手は無意識に動いているものの、考えるのは、この家でのこれからの生活のことばかり。次々に現れるクセ者同居人を思い浮かべると、この家での生活が前途多難なことは、容易に想像が出来た。



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