seasons

倉城みゐ

第1話

「じゃ、行ってきまーす!」

 バタンッ!

 寝起きの私、季崎華きざきはなは、突然、置き去りにされた。一枚の地図だけを渡されて。

 早朝、たたき起こされた私は、両親が今日から世界一周旅行へ出かけることを知らされた。我が家のどこにそんなお金があったのか、仕事はどうしたのか、とにかく謎が多すぎる。

「留守の間、知り合いの家に華のこと頼んでおいたから、くれぐれも、迷惑かけないようにね」

 と、母からその家の地図を託された。近所ではあるけれど、知り合いって、親戚か何かなのかな?ま、いっか、一人でいるよりはマシだろう。そんな風に思っていた。

 学校が終わり、地図にあった家へ行ってみる。学校からは、家とは反対方向だった。でも、距離的にはあんまり変わらない。これなら学校も通いやすいな。マイペースな両親だけど、ちゃんと私のこと考えてくれてたんだ。なぁんて、ちょっと見直したりしていた。

 たどり着いたのは、大きな二階建ての一軒家。こんな豪華なお宅にご厄介になるのかと、マンション住まいの私には驚きだった。

 ピンポーン!

 チャイムを鳴らして、門の前で家人を待つ。どんな人なんだろ?そーいや、家族構成もなんも聞いてないや。マイペースな親と、私も一緒か、と、この時初めて自覚した。

 ガチャ…。

 敷地の奥にある家屋の玄関から人が出てきた。敷石を渡って門の前まで出てきたのは、スラッとした長身の…パパぐらいのおじさん?

「やぉ、よく来たね。華ちゃん、だよね?」

 優しい笑顔で私を出迎えてくれたこの人が、家の主なのだろうか。確かに、知り合いってゆーぐらいだから、パパかママの友達なのかな?それにしては、ダンディな、整った顔立ちに少し白髪混じりの髪が、人生経験の豊富さを物語る。

「は、はじめまして。今日からしばらくお世話になります、季崎華です。よろしくお願いします」

 そんなイケメンおじさまにちょっとドキドキしながらも、一応粗相のないようにと、ペコリと頭を下げると、主とおぼしきその人は、さぁ、遠慮せずにどうぞ、と、私を迎え入れてくれた。

 中は、一人で住むには勿体ないぐらいの広い敷地で、松の木が植わる立派な庭もある。建物は日本家屋風で、玄関から廊下から、部屋のひとつひとつまでもがとにかく広い。通された居間にも、豪華な調度品がドラマのセットのように並べられてあった。

 こんなものしかないけれど、と淹れてくれたハーブティーは、高貴な香りが漂う。こんなおうちにお邪魔してよかったのだろうか、と緊張感が増した。

「ご両親からお話は聞いてるよ。家は、好きに使ってくれていいからね」

 実ににこやかで穏やかなその人は、自身のハーブティーを用意し、私の向かいのソファーに座りながら、低く渋い声で私にそう言った。

「申し遅れました、私は、君のご両親の友人で、四ノ宮せつといいます。在宅で仕事をしているから、基本は家にいてね。君の面倒を見ることができるからと、頼まれてしまってね」

 私の母が強引にそう決めたことは聞くまでもなかった。本当に、申し訳ない限りである。

「あの、なにかお手伝いできることがあれば、お世話になっている身なので、何でもさせていただきますので」

 奔放な母に育てられたおかげで、家事は一通りできる。せめてものお礼にと申し出てみた。

「ありがとう。うちは男しかいないもので、助かるよ」

 節さんは、そう言って笑ってくれた。

 ガチャ!

 そこに、玄関の開く音が聞こえた。…お客様?と思い振り返ると、そこには、一人の少年が立っていた。年の頃は12~3歳。透き通るように白い肌に、ミルクティーのようなブロンドのさらさらヘア、目は、吸い込まれそうな薄いオリーブの色をしていた。

「…ん?」

 私は訳がわからず、居間から続く廊下の方を向いたまま首をかしげた。

「あぁ、紹介するね。この子はウィン、私の息子だよ」

 と、困惑する私に節さんが続ける。

「え、あっ、え、えぇっ!?」

 それを聞いて、ますます混乱する私を見て、節さんはクスクスと笑い出した。

「おや、私にこんなかわいい息子がいてはおかしいかな?」

 口に手をあてながらそう問う節さんに、私はブンブンと首を横に振って否定した。

「いえ、あの、なんてゆーか、ただ、ビックリしちゃって!息子さん、とてもきれいな目をされてるから…」

 つい、慌てて本音が出てしまう。

「あぁ、ウィンは我が家でも特別な存在なんだよ。みんなに愛されてる。ほら、ウィン、今日から家で一緒に暮らす華さんだよ、ご挨拶を…」

 と、節さんが席を立ち、ウィン君に近付こうとしたとたん、それまでジーッと私たちのやり取りを見ていたウィン君は、ビクッと飛び上がり、私をひと睨みした後、走って二階へ上がっていってしまった。

「すまないね、ウィンは人見知りが激しくて…。慣れればとても人懐っこいいい子なのだけれど」

 と、頭を掻きながら、節さんが申し訳なさそうに言った。仕方のないことだと思う。いきなり、見知らぬ人と一緒に住むと言われたら、私だってビックリするだろう。年頃の男の子ならなおさらだ。

「さて、お部屋に案内しようか。こちらへどうぞ」

 少し気まずくなった空気を悟ってか、節さんがそう切り出した。通された私の部屋は、二階に上がってすぐの部屋。広い室内にはシンプルなベッドやタンス、机などの家具がすでに用意されており、すぐにでも寝泊まりができるようになっていた。

「一応、一通り揃えてみたのだけれど、足りないものがあったら用意するから何でも言ってね。家には女の子がいないから、どんなものがいいのかよくわからなくて」

 と、節さんが言ってくれた。突然のことなのに、これだけ揃えていただければ充分です、はい。早速持ってきた荷物を片付け始めると、節さんも仕事に戻ると言って自室へ向かった。

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