物語を求めて、僕は大空を駆ける

観月

物語を求めて、僕は大空を駆ける

 人は誰しも、語るべき物語を持っている。


 僕、カタリィ・ノヴェル。「カタリ」って呼ばれてる。 

 物語の配達人だ。


 あ、あそこに、泣いている男の子を発見。

 僕はそっと、彼の隣に降り立った。

「ねえ、君。どうしたの?」

 僕は男の子の心の声に耳を傾ける。

 ――お母さんが、いないの。お母さん、いっつもお仕事。僕、もっとお母さんと一緒にいたいのに。

 目に滲んだ涙を拭う男の子の傍らでは、初老の女性が一人、うつらうつらと舟を漕いでいた。


「トリ! 行くよ」

「OKだホゥ!」

 トリは、フクロウみたいな外見なんだけど、普通のフクロウじゃない。

 僕に「詠み人」としての力を授けてくれたのがトリだ。物語を届けるために、僕とトリは、一緒に世界中を旅して回ってるんだ。

 肩から斜めがけにしたカバンの中から、古めかしい本が一冊飛び出してくる。

 茶色の革の表紙に描かれた金の文様が輝き出して、僕が本の上に飛び乗ると、ふわりと浮かんだ。

 空飛ぶスケートボードを想像してくれれば、間違いないと思う。

「あの子の求める物語を!」

 雲ひとつない青空を滑るようにとびながら、右の手のひらで、右目を塞ぐ。

 僕の左目に宿った「詠目よめ」の力が、開放される。

「見つけたホゥ!」

 僕の隣をとんでいたトリの声に振り向くと、そこは大きな公立病院だった。

 あの子のための、物語を持っている人!

 意識を集中すると、世界は白黒になった。そして、建物の中で蠢く何百人という人の中から、たった一人だけが色を持ち、はっきりと浮き上がって見えてくる。

「フリーズ!」

 僕の声に呼応して、時が止まった。

 その人は、病室で、患者さんの点滴を取り替えようとしているところだった。

「ライト!」

 僕の手にペンと原稿用紙が現れる。

 ここまできたら、後は目を閉じて、この人の心の中の物語を、腕の動くままに書き取っていくだけだ。

 高速でペンが紙の上を走り出した。


 ◇


 その女性は、昔一人の男の人に恋をした。

 同じ職場のドクターだった。

 二人は確かに愛し合い、女性は身ごもったけれど、男性は彼女と結婚をすることはできなかった。

 彼女の妊娠を知った周囲の人達は全員が「堕胎」を勧めた。

「あなたはまだ若い」

「子ども一人を育てるのって、とても大変だよ」

「一人でやっていけるの?」

「何も苦労を背負い込まなくても……」

 果ては、男に当てこするために出産するんじゃないかなんていう、陰口を叩くものまで現れるしまつだ。

 それでも、お腹の中の子どもを生みたいという彼女の決意は変わらなかった。

 半日に及ぶ痛みに耐えて、生まれた子どもに初めて乳を含ませたときの感動。腕の重みと暖かさ。笑いかけてくれる笑顔。「まま」と呼びかけてくれる声。泣き顔も、わがまますらも、彼女にとっては宝物で、生きる力を与えてくれた。

 出産に反対していた父と母も、孫の可愛さに、しだいに応援してくれるようになった。

 仕事は忙しいけれど、この子の将来のために、この子が、不自由な思いをしないために、めいいっぱい働いている。

 来月のお誕生日には、何をプレゼントしよう。

 

 ◇


「この物語を、あの子に届けなくちゃね」

 原稿用紙を真っ白な封筒に入れると、僕はまた空へと飛び立っていく。

 病院を抜け出して指をぱちんと一つ鳴らせば、何事もなかったかのように、世界は動き出した。


「ねえ、トリ」

「なんだホゥ」

「僕、気がついたらトリとこうして物語集めをしてるけどさあ」

「ホゥ」

「なんで僕なの? 僕は、誰なの?」

「おや、そんな疑問を持つようになりましたかホゥ」


 僕は書き出した物語を、男の子に届ける。

「こんにちは」

 リビングのソファの上でころりと横になっていた男の子は、びっくりして起き上がった。

「君、だれ? さっきも僕に話しかけてきたよね」

「僕は、カタリ。君に物語を届けに来たんだ。あ、叫んでも誰にも聞こえないからね。今は僕と君以外、時間が止まってるんだ」

 向かい側のソファでは、さっきまでこっくりこっくりと前後に揺れていたおばあさんが、ぴたりとその動きを止めている。

「はいこれ、君に」

 白い封筒を手渡すと、彼は僕の方とチラチラと伺いながら、ゆっくりと原稿用紙を広げた。

 目が文字を追い始める。

 しだいに彼の意識は、物語の中に没頭していった。

 ぼくが配達した物語を読む人たちは、だいたいがこうなる。何しろ彼らが一番求めていた物語を配達するわけだからね。

 読み終えると原稿用紙は消えてしまうんだけど、読むことによって、物語は彼らの心の中に浸透し、彼がこれから生きていくための大切な場所となるんだろう。

 僕はそっと男の子のそばから離れた。


「これにて、一件落着ですねホゥ」

 人仕事終えた僕とトリは、公園のベンチでアイスクリームを食べていた。

「ねえトリ、君、トリなのにアイスクリームが好きなんだね」

「今更何を言ってるんですか、普通のトリと一緒にしてもらっては困りますよ」

 羽で器用にアイスのコーンを持っている。ありえない! と思うものの、考えだしたら、僕の存在だってありえない。

「ねえトリ。僕について教えてもらってないよ」

「ふむ、そうですねホゥ。実はですね、カタリ、君はたった一人ではないのですホゥ」

「え? 僕って、何人もいるの?」

「いえいえ違いますホゥ。カタリを形作っているのは、まだ物語を紡ぎ出す前に亡くなってしまった子どもたちの魂なんですホゥ」

 呆然とした拍子に、アイスクリームのクリームだけが、ボトリと落ちた。

「ああああぁぁぁぁ! 僕のアイス!」

「しょうがありませんねえ。ほら、お小遣いですホゥ」

 僕は、トリから五百円玉を一枚もらうと、公園の向かいのコンビニに向かって走り出した。





 カタリ。

 君は、いつまでも子どものままで、お話を集めるんです。

 自分が体験できなかったお話を、紡ぐことのできなかった言葉を。

 たくさん集め、たくさん届けることで、君はいろいろなことを学ぶでしょう。そしてまたいつか、現実の世界に新しい魂として還っていくんですよ。

 そしてまた、小さく儚い魂が、あなたの中へとやってくる。

 君はいつまでも変わらないもの。

 無垢なるもの。

 そして、変わり続けるものなのですから。


 



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物語を求めて、僕は大空を駆ける 観月 @miduki-hotaru

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