海へ〈夜〉

 砂浜へ座り、寄せては返す波を眺めていると、夜が僕の隣に滑り込んできた。そして唐突に僕の耳元に顔を寄せて言った。ざらざらした匂いが鼻先をかすめた。

「例えばの話だがね、君がこの世界に必要とされていないとしたら、どう思うね」

「どうもこうもないよ」

 僕は無愛想に答えた。

「淋しくはないのかね」

 夜は重ねて問うた。唇の震えを噛み殺しているようだった。腹が立った僕は、乱暴な口調で答えた。

「何を寂しがる必要があるのだ。不要なものがなくなったところで誰が寂しがるというのだ。君は物を捨てるときに、捨てられる物のことを思っていちいち感傷に浸るのかね」

「馬鹿を言いなよ。そんな奴が居たらこの目で見てみたいものだね」

「そうだろう。つまりはそういう問い掛け自体が馬鹿げているということなのだ。そういう自分はどうなんだい。君がこの世界に必要とされていないとしたら、どう思うね」

「ふん、その問い掛け自体が馬鹿げているね」

「何だって」

「俺はこの世界に必要とされているからさ」

 夜はあっさりと答えた。

「随分と自信満々じゃあないか。何故にそう言い切れるんだね」

「俺がそう思っているからだよ」

 それこそ莫迦ばかげているとわらおうとして、吸い込んだ息が喉に張り付いた。そして吐き気がするほどの怖気が僕を包み込んだ。

 きしる首を巡らせて、僕は夜を見た。柘榴ざくろのように赤い口が視界いっぱいに広がり、僕は目を逸らさぬまま、傍にあった石で夜を殴り付けた。紫色の液体が飛び散り、夜は仰向けに倒れた。夜は笑い続けている。咳き込むような、むせび泣くような、不快な声。僕は何度も石を振るった。飛び散った肉や汁を、波がたちどころに洗っていく。

 夜は、まだ笑い続けている。

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