夢。

城崎

カチカチと滞りなく時を刻み続ける時計を見つめる。今はちょうど、11時を迎えたところ。彼が来るとしたら、そろそろだろうか。品物が発送された日時と、いつも彼がやってくる時間を考えると、もうすぐだろうと思う。それでも、なんらかの事情で今日は彼が来ないかもしれないという一抹の不安を抱きつつ、横目に玄関の方を見やる。途端、バタバタと騒がしい足音が聞こえ始めた。その音は段々と近くなって、ある地点で止まる。次の瞬間には、自分の部屋のインターホンが押された。はいと在宅を示す声をあげ、その場から立ち上がって玄関へと向かう。ガチャリと扉を開ければ、そこには彩豊かな服装に身を包んだ少年がいた。青い目には光が当たり、キラキラと輝いて青のみならずさまざまな色を見せてくれる。鞄に付けられている茶色のマスコットが動いているように見えることは気にしない。

「こんにちは!」

「こっ、こんにちは」

少なからず彼を待っていたことによる緊張が、変な声を口から溢す。少年、以前自らで『カタリ』と名乗ってくれた彼は、そんなこちらの様子を気にすることもなく満面の笑みを浮かべながら封筒をこちらへと差し出した。

「こちら、お届けものです」

「ありがとうございます。いつもお疲れ様です」

「いえいえ。そういうお姉さんこそ、疲れてますね?」

「うん? どうしてそう思うんですか?」

「この前来た時よりも、隈がひどくなっちゃってます。ちゃんと寝てますか?」

コンシーラーで隠しているつもりだったのだが、人から指摘されるということはしっかりと隠せていないのだろう。目の辺りを、手でそっと覆った。恥ずかしさが、心に広がる。

「カタリくんのおっしゃる通り、あんまり寝れてないです。ちゃんと寝ます」

「はい、そうしてください」

自分より年下だろう少年にそんなことを言わせるのは少し申し訳ないなと思い、覆った上でさらに目線を逸らす。

「そう言えば、お姉さんって活字とか読みますか?」

用件は済んだのだし帰るだろうと思っていた彼から突然の質問に、少しの嬉しさと驚きを感じながら聞き返す。

「活字?」

「小説、読みますか?」

言われた言葉に、うーんと唸ってしまった。今の自分は、素直に頷けない。

「昔はよく読んでたんですけど、最近はあんまり」

「読まないわけじゃないんですね?」

「うん、まぁ、そうですね」

「じゃあ、これ。受け取ってください」

彼が差し出したのは、青を基調とした彩鮮やかな装飾の施された一冊の本だった。文庫本といっただろうか、多くの人が小説と言われて思い浮かぶだろうサイズと厚さをしている。

「突然どうしたんですか?」

「疲れてるお姉さんに、僕からの救いの手です」

救いの手という言葉にどうにも怪しい感じがして疑いの目を向けるが、彼はいたって純真な目をこちらへと向けてくる。

「人が紡ぐ物語は、別の誰かを救うだけの力を持っているんですよ。この本だってそうです。疲れているだろうお姉さんのために、僕が選びました」

その目は、本当に本が人が救うと信じて疑っていない目だった。その目に魅入られた私は、自分の目を覆っていた手を出して本を受け取る。その様子に、彼はにっこりと微笑んだ。

「読めば分かります!」

そう言い放つと、それじゃっと片手を振りそのまま再び騒がしい足音を立てながら階下へと降りていく。鞄に付けられている茶色のマスコットが鳴いているように聞こえたことは気にしない。

改めて、彼の置いていった本を見つめる。綺麗な青は、彼の瞳を連想させた。中を開き、パラパラとページをめくってみる。案外、文字が大きいから読みやすいかもしれない。そのままリビングへと戻り、腰を据えて本と向き合う。いつぶりになるか分からない、読書タイムの始まりだ。

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夢。 城崎 @kaito8

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