第6話サラマンとラスエルの日常その5

「おと~さん、おと~さん~」

「真に申し訳ないのですが!あろうことか服の着方が分からない!もがもが。頭と手が引っかかってパンパンなのです!」

寝室からのうめき声に山本は顔を覗かせた。なるほど理解した。

「全智である使徒としてなんと恥ずかしいことなのでしょう~!これが受肉の試練なのか!このラスエルともあろうものが子供服一つ満足に着れないとは!」

「子供服はね~、着方にコツがあるんだよ。ほら、子供は頭が大きいでしょ?一辺に全部通そうとせず、腕を畳んで頭だけ通してごらん」

「もがもが」

「ほら、一度脱いで」

言われたとおり、ラスエルはまず頭を通して、それから腕を通した。

「なんと!あなたが神か!」

「使徒様にそんなことを言われる日が来ようとは」

「ほら、顔を洗いに行きましょうね」

 

二人で洗面台に移動する。

「おとうさん!顔を洗ってあげる!」

お父さんはもう顔を洗ってます。自分の顔を洗いなさい。と言い掛けて山本は考え直した。これはこれでいいだろう。

「は~い。じゃあ洗って下さ~い」

洗面台に頭を屈めた山本に対して、蛇口から水を小さな手でビシャー!ビシャー!

「うぉっぷっ!」

さらにその小さな手は山本の顔をこねくり回した。

「うぉっぷっぷぷぷ」

「タオル、タオル下さい~」

ラスエルに手渡されたタオルで顔を拭う山本。満足気な顔のラスエルが映った。

「は~い。ありがとうね」

そういってラスエルの頭を撫でると、ご機嫌にうひひと笑った。

「じゃあ、おとうさん!ラスエルの顔を洗って下さい!」

「はいはい。じゃあ、洗面台に屈んで、目をつぶってね」

そうして山本はラスエルの顔を手に汲んだ水で優しく洗う。

「目が~~!目が~~!沁みるぅ!うひぃぃ~!」

「目をつぶって!」

「うひひひ、もっと沁みたいのですぅ!うひひ」

本当に面白い子だなぁ。

白いタオルで顔を拭いてもらったラスエルははしゃぐ。

「おとうさん!もう1回!」

「お父さん、ご飯作らないといけないから、居間で待っててください」

「ご飯!ご飯作るところ見るぅ!」


本日の朝食は七分ヅキの玄米になめこの味噌汁、ウインナーのボイルにきゅうりの漬物です。山本が味噌汁を作るところを台に上ってひと仕切見学した後は、ラスエルは山本の足に抱きついて、動くたび「うひーうひー」と遊んでいた。

それなりに重いがまだまだ余裕だ。お父さんの筋力を馬鹿にしないでもらいたい。

二人で居間で朝食をとる。

「ラスエルはお箸使えるかなー?」

「うひひ、よ・ゆ・う!」

そういうのでお箸を持たせてみたのだが

「ぐあー手がー手がー!知識はあるのにお箸が上手く使えない~!なんたる屈辱ぅ!」

受肉の苦難に悶えていた。使徒ラスエルは、基本的にあらゆることに知識があるようだが、それに肉体がついていけないようだ。やはり、何事も知るだけではなく鍛錬が必要なのだな。

「ほら、ラスエル。スプーンとフォークを使いなさい」

「いやぁだぁ~!ラスエルはこの困難を乗り越え、箸でご飯を食べてみせるのだぁ!」

強情なラスエルの手を上から包むように、箸使いを補助する。とても時間がかかった。たった1回の食事に。

「うへぇ!手がバキバキだじぇ!これが日本人なら誰もが通るという箸の文化!うぉ~手が~手が~!」

あと、ご飯が口に入るたび

「味がする!味がする!」

と大層感動していた。そのうち美味しいとか甘いとかそういう味覚も発達するのかな?


「ラスエル、お父さんは会社に行かないといけないんだけど、ラスエルはどうしよっか?」

「おとうさんと一緒にいくぅ!」

「でも、会社にこどもを連れて行くのは」

「ラスエルは印象操作で不自然なく、どこでも潜り込むことができるのだ!」

「おとうさんがラスエルを連れていても誰も不自然に思わないのだ!」

「会社では面倒見てあげられないよ?」

「大丈夫!会社にいる時だけ、大人モードのラスエルになるから!おとうさんの会社にできるだけのアドバイスをしてあげる!ラスエルは全智ですから!」

そういうわけでラスエルを会社に連れていくことにした。ラスエルが最初に来ていた上等のスーツをまた着せてやる。これ、どこのブランドなんだろうな、様になってるな。ネクタイが美しい。

「それじゃあ、行こうか」

二人は会社に向かうことにした。山本が第一社長をしているリーブル・リー社に。

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